一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
 本部長は、紗英たちの中に情報を売り渡したスパイがいると疑っているのだ。
 そのとき、木村が大声を出した。
「わたし、海東さんがその手紙を作成してるところ、見ました!」
「えっ……?」
 突然名指しされた紗英は、呆然とする。
 紗英にはまったく覚えのないことだ。なぜ伊豆の担当者である紗英が、自社を混乱させるような所業をしなければならないのか。
 木村は紗英が手紙を作成しているところを見たというが、そんなものを作ったことはない。
 みんなの視線が訝しげに動く中、木村は紗英のデスクへ飛びつくようにして、マウスを掴む。
「もしかして、データが残ってるんじゃないですか? ……ほら、あった! これですよ!」
 勝手に紗英のパソコンを操作した木村は、勝ち誇ったように叫んだ。
 紗英や悠司、そのほかの社員や本部長が、紗英のパソコンを覗き込む。
 そこには、画面の中央に『一』というタイトルがついたデータファイルが置いてあった。木村がどこからか移動させたのだろうが、先ほどまではなかったファイルだ。
 それを木村がクリックすると、悠司が見せた文書とまったく同じものが現れた。
「えっ⁉」
 紗英は驚きの声を上げた。
 顧客に郵送された文書は、このデータを印刷したものと言える。寸分も違わない内容である。
 木村が眉を下げながらも、笑いをこらえきれないように唇を歪めて、紗英に詰め寄る。
「海東さん、どうしてこんなことするんですか⁉ イタズラでは済まされませんよ!」
「わ、私は知りません。このファイルに見覚えすらありません」
「でも、こうして海東さんのパソコンから見つかったじゃないですか。しかも隠すように、地方の施設のフォルダに入ってました。言い逃れできませんよ」
 ざわざわと、社員たちの間に不穏なざわめきが広がる。
 険しい顔をした本部長が、紗英に問い質した。
「海東さん。どういうことかね?」
「本当に知らないんです。信じてください」
 どうしてこんなものが紗英のパソコンにあるのだろう。
 堂々と文書が表示されているのは、紗英が犯人であると証明しているようだ。
 紗英は必死になって無実を訴えた。
「さっきまでファイルがあることすら知りませんでした。私が会社の不利益になるようなことをするはずがありません」
 だが、誰もが黙っていた。
 紗英を庇ってくれる者はいない。
 証拠が目の前にあるし、紗英がどのように会社のことを考えているか、本心はわからないからだ。
 木村は追い打ちをかけるように、笑みを浮かべながら言った。
「責任を取って会社を辞めるしかないんじゃないですか? こうして会社の不利益になることを、海東さんがしたんですから」
「そんな……」
 どうしよう。
 紗英が作った文書ではないのだが、手書きではないので、筆跡の違いなどで証明することができない。
 しかも、木村は紗英が作っているところを見たなどと言う。
 なぜ彼女がそんなことを言うのか、理解できなかった。
 このままでは退職することになってしまう。まだ伊豆の案件は終わっていないのに、顧客を放り出して辞めるなんてできない。
 困ってしまった紗英は眦に涙を滲ませた。
 そのとき、さりげなく木村をパソコンの前から退かした悠司が、マウスを手にする。
 彼は文書を閉じると、『一』のファイルを右クリックしてプロパティを表示した。
「作成日は、一週間前か。作成者は、『a』ね……。会社のパソコンで作ったはずなのに、
アドレスが海東さんではない」
 データファイルのプロパティを見ると、作成日や作成者が確認できる。もちろん紗英には身に覚えのないファイルだ。
 悠司の発言を耳にした木村は唇を尖らせた。
「それがどうしたんですか?」
「ほかのファイルは、すべて海東さんのアドレスが記名されている。だが、この文書だけ匿名になっている。つまり、このファイルは海東さんのパソコンで作成されたものではなく、別の何者かが作成したファイルを移動させたと考えられる」
 悠司がデスクトップにあったほかのファイルのプロパティを開くと、そこには『海東紗英』という名前とともに、会社用のメールアドレスが記載されていた。すべて会社用のデータなので、自動的にそうなる。
 木村は悠司の言い分に反論した。
「だから、家のノートパソコンで作って、データをここに移動したんじゃないんですか? それなら匿名になるでしょ」
「なんのために? 自分が犯人ですと証明するためにか?」
「……会社のプリンターで印刷するためじゃないですか?」
「ふうん。随分とセコいんだな」
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