一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
伊豆の契約者には改めて電話で、怪文書は弊社を騙ったイタズラであることを丁寧に説明した。その結果、信用してくれた顧客たちは誰ひとり解約には至らなかった。
紗英の無実が証明されたのは、悠司と山岡のおかげだ。
会社を辞めることにならなくて、本当によかった。紗英はふたりに感謝を伝えた。
そして予定通り、次の週に伊豆の介護施設は開業を迎えた。
悠司とともに伊豆の施設を訪れた紗英は、引っ越し作業を行う入居者やその家族を見守る。
「よかったですね。無事にオープンできて」
「ああ。一時はどうなることかと思ったが、解約が一件も出なくてよかった」
不安になっていた契約者たちも、事実無根のイタズラであると信じてくれた。もちろん説明には悠司や、ほかの社員たちも手伝ってくれた。
紗英は彼にだけ聞こえるように、ぽつりと呟く。
「ありがとうございました。私の無実を証明してくれて」
「明らかにおかしいと思ったからな。あとは証拠を出すだけだった」
「悠司さんが私を信じてくれたことが、嬉しかったです」
「当たり前だろ。きみがあんなことをするわけない。しかも消印が土曜日だぞ。俺とマンションで愛し合ってるのに、どうやって俺の目をかいくぐるんだよ」
かぁっと、紗英は頬を朱に染めた。
悠司が紗英と一緒にいたと、アリバイを証明したことで、ふたりは恋人なのだと周囲の知るところとなってしまった。
「みなさんの温かい目が居たたまれないです……。仮の恋人だと説明したほうがいいですかね?」
「いや……周りがなんと言おうが放っておいていい」
紗英はゆるゆると頷いた。
ふたりの関係は、かりそめのまま続けられるということなのだろうか。
下を向きそうになったとき、ひとりの女性が紗英に近づいてきた。
「海東さん、こんにちは。ようやくこの日を迎えられました」
彼女は父親が乗った車椅子を押している。紗英が担当して、電話でも冷静に対応してくれたお客様だ。
紗英は深く頭を下げた。
「こんにちは。一時はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「いいのよ、もう。世の中には悪い人もいるものよね。きっと暇人でしょう。海東さんはなにも悪くないんだから、気にしないで」
「ありがとうございます。お引っ越しを、お手伝いさせてください」
紗英は率先して入居者を部屋に案内したり、家族に施設内の説明をした。
担当した契約者たちは、みな安堵の表情を見せて、紗英に感謝を述べた。
そんな様子を、悠司は目を細めて見守っていた。
開業した伊豆の施設は順調だった。
怪文書のことなど始めからなかったかのように、入居者もその家族も、伊豆の風光明媚な環境に満足している。
そのように施設長から報告を受けた。
安堵した紗英は、次の案件に取りかかるべく、気合いを入れ直した。
伊豆の施設が開業してから二週間ほど経過したある日、会社に来客があった。
突然フロアに入ってきた中年の男性は、にこやかに挨拶する。
「やあ、みなさん。がんばってるかな」
どなただろう。
紗英が首を捻っていると、驚いた顔をした悠司が席を立ち上がった。
「叔父さん! 突然、どうしたんですか」
「悠司。ちょっと話があるんだ」
どうやら男性は悠司の叔父らしい。
気さくに会社に入ってきたので、もしかしたら関連会社の役員かもしれない。
「仕事の話ですか?」
「いや、違う。見合いの話だ。別室でいいか?」
どきりと、紗英の胸が不穏に波打つ。
――お見合い……⁉
眉根を寄せた悠司は、叔父を促した。
「職場なのに困りますよ。とにかく役員室へ行きましょう」
「どうせいずれはおまえの会社になるんだから、遠慮することないだろう。――ああ、そこのきみ、お茶を持ってきてくれ」
叔父に指名された紗英は身を強張らせたが、咄嗟に返事をする。
「か、かしこまりました」
ふたりは同じフロアにある役員室へと向かった。
ごくりと息を呑んだ紗英は平気なふりをして、給湯室へ足を向ける。
誰もいない給湯室でお茶を準備した紗英は、つい呟いた。
「……悠司さんが、結婚……?」
彼は御曹司なのだから、いずれはお金持ちの令嬢と結婚する未来がある。
それはわかりきっていたことだ。
だからこそ、紗英とはかりそめの恋人なのだから。
わかっていたはずなのに、感情が納得できなくて、胸がきりきりと痛い。
深呼吸をして息を整えた紗英は、平常心を装い、役員室にお茶を運んだ。
「失礼します」
紗英の無実が証明されたのは、悠司と山岡のおかげだ。
会社を辞めることにならなくて、本当によかった。紗英はふたりに感謝を伝えた。
そして予定通り、次の週に伊豆の介護施設は開業を迎えた。
悠司とともに伊豆の施設を訪れた紗英は、引っ越し作業を行う入居者やその家族を見守る。
「よかったですね。無事にオープンできて」
「ああ。一時はどうなることかと思ったが、解約が一件も出なくてよかった」
不安になっていた契約者たちも、事実無根のイタズラであると信じてくれた。もちろん説明には悠司や、ほかの社員たちも手伝ってくれた。
紗英は彼にだけ聞こえるように、ぽつりと呟く。
「ありがとうございました。私の無実を証明してくれて」
「明らかにおかしいと思ったからな。あとは証拠を出すだけだった」
「悠司さんが私を信じてくれたことが、嬉しかったです」
「当たり前だろ。きみがあんなことをするわけない。しかも消印が土曜日だぞ。俺とマンションで愛し合ってるのに、どうやって俺の目をかいくぐるんだよ」
かぁっと、紗英は頬を朱に染めた。
悠司が紗英と一緒にいたと、アリバイを証明したことで、ふたりは恋人なのだと周囲の知るところとなってしまった。
「みなさんの温かい目が居たたまれないです……。仮の恋人だと説明したほうがいいですかね?」
「いや……周りがなんと言おうが放っておいていい」
紗英はゆるゆると頷いた。
ふたりの関係は、かりそめのまま続けられるということなのだろうか。
下を向きそうになったとき、ひとりの女性が紗英に近づいてきた。
「海東さん、こんにちは。ようやくこの日を迎えられました」
彼女は父親が乗った車椅子を押している。紗英が担当して、電話でも冷静に対応してくれたお客様だ。
紗英は深く頭を下げた。
「こんにちは。一時はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「いいのよ、もう。世の中には悪い人もいるものよね。きっと暇人でしょう。海東さんはなにも悪くないんだから、気にしないで」
「ありがとうございます。お引っ越しを、お手伝いさせてください」
紗英は率先して入居者を部屋に案内したり、家族に施設内の説明をした。
担当した契約者たちは、みな安堵の表情を見せて、紗英に感謝を述べた。
そんな様子を、悠司は目を細めて見守っていた。
開業した伊豆の施設は順調だった。
怪文書のことなど始めからなかったかのように、入居者もその家族も、伊豆の風光明媚な環境に満足している。
そのように施設長から報告を受けた。
安堵した紗英は、次の案件に取りかかるべく、気合いを入れ直した。
伊豆の施設が開業してから二週間ほど経過したある日、会社に来客があった。
突然フロアに入ってきた中年の男性は、にこやかに挨拶する。
「やあ、みなさん。がんばってるかな」
どなただろう。
紗英が首を捻っていると、驚いた顔をした悠司が席を立ち上がった。
「叔父さん! 突然、どうしたんですか」
「悠司。ちょっと話があるんだ」
どうやら男性は悠司の叔父らしい。
気さくに会社に入ってきたので、もしかしたら関連会社の役員かもしれない。
「仕事の話ですか?」
「いや、違う。見合いの話だ。別室でいいか?」
どきりと、紗英の胸が不穏に波打つ。
――お見合い……⁉
眉根を寄せた悠司は、叔父を促した。
「職場なのに困りますよ。とにかく役員室へ行きましょう」
「どうせいずれはおまえの会社になるんだから、遠慮することないだろう。――ああ、そこのきみ、お茶を持ってきてくれ」
叔父に指名された紗英は身を強張らせたが、咄嗟に返事をする。
「か、かしこまりました」
ふたりは同じフロアにある役員室へと向かった。
ごくりと息を呑んだ紗英は平気なふりをして、給湯室へ足を向ける。
誰もいない給湯室でお茶を準備した紗英は、つい呟いた。
「……悠司さんが、結婚……?」
彼は御曹司なのだから、いずれはお金持ちの令嬢と結婚する未来がある。
それはわかりきっていたことだ。
だからこそ、紗英とはかりそめの恋人なのだから。
わかっていたはずなのに、感情が納得できなくて、胸がきりきりと痛い。
深呼吸をして息を整えた紗英は、平常心を装い、役員室にお茶を運んだ。
「失礼します」