一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
室内では、悠司と向かい合わせにソファに腰かけた叔父が、お見合い写真を開いて懸命に話している。テーブルにお茶を置いた紗英には目もくれなかった。
「だからな、今回こそは私の顔を立ててくれないと困るんだ。会うだけならいいだろう。森山製菓の社長令嬢だぞ」
「何度言われても、お断りします」
「恋人でもいるのか?」
その問いに、どきりとする。
動揺した紗英は、悠司の前に置こうとした茶碗を取り落としそうになった。
「それは――」
だが悠司が答える前に、叔父が捲し立てた。
「恋人でも愛人でも、何人いようがいいじゃないか。結婚しても囲えばいいんだからな。私だってそうしたさ」
「叔父さんの武勇伝はけっこうですよ」
「おまえだってわかってるだろ? 御曹司の身分で、ただの女と結婚するわけにはいかないってことをな。結婚と恋愛は別物だ」
どうにかお茶を出し終えた紗英は、礼をすると部屋を退出した。
体が小刻みに震えるのを抑えられない。
嗚咽を押し殺した紗英は、誰もいないロッカールームに入った。
「うっ……うう……」
口元に手を当てて、泣き声をこらえる。
眦からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
恋人がいるのか、という叔父からの問いに、悠司は答えなかった。
もし、「この人こそ俺の恋人だ」と彼が言ってくれたなら、紗英は安心できたかもしれない。
だが、そんなわけはなかった。
たとえ悠司がはっきり言ってくれたとしても、叔父から反対されるのは目に見えている。
彼の叔父が言う通り、御曹司の悠司が、ただの女と結婚するわけにはいかない。紗英は社長令嬢でもなんでもない、ただの女なのだから。せいぜい、愛人に収まるしかないくらいだ。
でも、そんなのは嫌……。私は、悠司さんの、たったひとりの女になりたい……。
紗英は今頃になって、胸に本音が溢れた。
悠司の、本物の恋人になりたい。かりそめの恋人でいたくない。そして、悠司と結婚したかった。彼とずっと一緒にいたい。
だけど理性が、それは叶わないと教えてくる。
もうとっくにわかっていたことなのに、悠司と一緒にいて、彼の優しさに触れているうちに、もしかしたら本物の恋人になれるかも、なんていう強欲な願いが滲み出てしまっていた。
「諦めないと、いけない……」
まだそんな心の整理はつかないのだけれど。
紗英は慟哭を押し殺し、静かにロッカールームで涙を流した。
やがて涙を拭いてロッカールームから出た紗英は、営業部のフロアに戻った。
泣いていたことがバレては困るので、うつむきながら自分のデスクに着く。
ややあって、叔父との話が終わったらしい悠司が戻ってきた。
デスクに着いた彼は、さっそく紗英を呼ぶ。
「海東さん、ちょっといいかな」
「は、はい」
平静を装い、悠司のデスクに向かった。鼓動は嫌なふうに脈打っているが、まさかほかの社員がいる前で、「見合いするから、きみとは別れる」なんて言うわけがない。
だが社員たちには、ふたりが恋人であると知られているので、フロアは奇妙な静寂に包まれていた。社内恋愛しているのに、なにも知らない叔父が見合い話を持ち込んできたのだ。
もしや揉め事に発展するのでは……という、ひりついた空気がフロアに漂っているような気がする。
「……なにかご用でしょうか」
悠司の前で、うつむいた紗英は掠れた声で訊ねた。
彼女の頬に涙の痕を見つけた悠司は、眉をひそめる。
だが、泣いたのかなんて、彼が聞けるわけがなかった。
「叔父は関連会社の役員だから、気軽に訪問してきたんだ。だが就業時間中には来るなと釘を刺しておいたから、今後はお茶汲みを頼むことはない。安心してくれ」
「いえ……来客にお茶を出すのは当然の仕事ですから……」
悠司は、叔父が紗英にお茶汲みを命じたことについて説明した。
もっとほかに説明してほしいことがあるのだけれど。
お見合いするんですか?
私とは別れるの?
そもそも本物の恋人ではなかったから、別れるという言葉すらいらないの?
――と、喉元まで出かかっている数々の言葉を、紗英は呑み込む。
悠司はじっと紗英を見つめると、平静な声で言った。
「あとで話がある」
「かしこまりました」
まるで仕事の話があるのだと捉えられる印象の平淡さだ。
社内なので当然なのだが、戸惑いが胸を占める。
紗英は心を殺してデスクに戻り、業務を続けた。
やっぱり、私はクズ男を製造する女だったのかな……?
パソコンを見つめながら、紗英はかぶりを振る。
「だからな、今回こそは私の顔を立ててくれないと困るんだ。会うだけならいいだろう。森山製菓の社長令嬢だぞ」
「何度言われても、お断りします」
「恋人でもいるのか?」
その問いに、どきりとする。
動揺した紗英は、悠司の前に置こうとした茶碗を取り落としそうになった。
「それは――」
だが悠司が答える前に、叔父が捲し立てた。
「恋人でも愛人でも、何人いようがいいじゃないか。結婚しても囲えばいいんだからな。私だってそうしたさ」
「叔父さんの武勇伝はけっこうですよ」
「おまえだってわかってるだろ? 御曹司の身分で、ただの女と結婚するわけにはいかないってことをな。結婚と恋愛は別物だ」
どうにかお茶を出し終えた紗英は、礼をすると部屋を退出した。
体が小刻みに震えるのを抑えられない。
嗚咽を押し殺した紗英は、誰もいないロッカールームに入った。
「うっ……うう……」
口元に手を当てて、泣き声をこらえる。
眦からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
恋人がいるのか、という叔父からの問いに、悠司は答えなかった。
もし、「この人こそ俺の恋人だ」と彼が言ってくれたなら、紗英は安心できたかもしれない。
だが、そんなわけはなかった。
たとえ悠司がはっきり言ってくれたとしても、叔父から反対されるのは目に見えている。
彼の叔父が言う通り、御曹司の悠司が、ただの女と結婚するわけにはいかない。紗英は社長令嬢でもなんでもない、ただの女なのだから。せいぜい、愛人に収まるしかないくらいだ。
でも、そんなのは嫌……。私は、悠司さんの、たったひとりの女になりたい……。
紗英は今頃になって、胸に本音が溢れた。
悠司の、本物の恋人になりたい。かりそめの恋人でいたくない。そして、悠司と結婚したかった。彼とずっと一緒にいたい。
だけど理性が、それは叶わないと教えてくる。
もうとっくにわかっていたことなのに、悠司と一緒にいて、彼の優しさに触れているうちに、もしかしたら本物の恋人になれるかも、なんていう強欲な願いが滲み出てしまっていた。
「諦めないと、いけない……」
まだそんな心の整理はつかないのだけれど。
紗英は慟哭を押し殺し、静かにロッカールームで涙を流した。
やがて涙を拭いてロッカールームから出た紗英は、営業部のフロアに戻った。
泣いていたことがバレては困るので、うつむきながら自分のデスクに着く。
ややあって、叔父との話が終わったらしい悠司が戻ってきた。
デスクに着いた彼は、さっそく紗英を呼ぶ。
「海東さん、ちょっといいかな」
「は、はい」
平静を装い、悠司のデスクに向かった。鼓動は嫌なふうに脈打っているが、まさかほかの社員がいる前で、「見合いするから、きみとは別れる」なんて言うわけがない。
だが社員たちには、ふたりが恋人であると知られているので、フロアは奇妙な静寂に包まれていた。社内恋愛しているのに、なにも知らない叔父が見合い話を持ち込んできたのだ。
もしや揉め事に発展するのでは……という、ひりついた空気がフロアに漂っているような気がする。
「……なにかご用でしょうか」
悠司の前で、うつむいた紗英は掠れた声で訊ねた。
彼女の頬に涙の痕を見つけた悠司は、眉をひそめる。
だが、泣いたのかなんて、彼が聞けるわけがなかった。
「叔父は関連会社の役員だから、気軽に訪問してきたんだ。だが就業時間中には来るなと釘を刺しておいたから、今後はお茶汲みを頼むことはない。安心してくれ」
「いえ……来客にお茶を出すのは当然の仕事ですから……」
悠司は、叔父が紗英にお茶汲みを命じたことについて説明した。
もっとほかに説明してほしいことがあるのだけれど。
お見合いするんですか?
私とは別れるの?
そもそも本物の恋人ではなかったから、別れるという言葉すらいらないの?
――と、喉元まで出かかっている数々の言葉を、紗英は呑み込む。
悠司はじっと紗英を見つめると、平静な声で言った。
「あとで話がある」
「かしこまりました」
まるで仕事の話があるのだと捉えられる印象の平淡さだ。
社内なので当然なのだが、戸惑いが胸を占める。
紗英は心を殺してデスクに戻り、業務を続けた。
やっぱり、私はクズ男を製造する女だったのかな……?
パソコンを見つめながら、紗英はかぶりを振る。