一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
違う。悠司はクズ男などではない。ただ、紗英が自分の身分を考えずに彼に惹かれてしまったから、今の事態に陥っているのだ。
御曹司の悠司がお金持ちの令嬢を結婚相手に選ぶのは、当然の流れだ。
それなのに、紗英は気づかないふりをして、ふたりの関係や自分のことや、悠司しか見ていなかった。恋愛に夢中になってしまって、ふたりの立場の違いをわかっていなかった。
承諾したものの、紗英は話し合いをするべきか迷っていた。
俺たちの関係はこれで終わりだ、なんて言われたら、冷静さを保てる自信がない。もしかしたら彼を罵倒したり、縋りついて滲めな姿を見せてしまうかもしれない。
紗英には気持ちを整理する時間が必要だった。
だが終業時刻間際になって、悠司に電話があった。相手は先ほどの叔父のようだ。
「困りますよ、叔父さん。――え、今日ですか? 今日は空いてません。――いえ、だからこちらにも都合がありまして……」
悠司は困り果てているようだが、どうやら叔父が、見合い相手との顔合わせを行いたいだとか言っているのではないだろうか。
やっぱり、私は悠司さんに優先されるような女じゃない……。
そう悟った紗英は、逃げるようにフロアから出た。
フロアを出ていく紗英を見咎めた悠司は立ち上がろうとしたが、電話の相手が話しているため、受話器を置けない。
それでいいのだと、紗英は切ない胸のうちを抱えて、会社を出た。
だけど、今から悠司が令嬢と顔合わせをするのに、自分はアパートでひとり泣き崩れるなんて、あまりにも惨めだった。
なにかよすがになるものを、紗英は欲した。それに気分転換もしたい。
「そういえば、紅茶のポットと茶葉を買おうって約束してたな……」
もう叶うことはないけれど、悠司のマンションにお泊まりしたとき、今度は紅茶のポットと茶葉を一緒にデパートで買おうと話したことを思い出す。
紗英はデパートの方角へ足を向けた。
買い物でもすれば、多少は気が紛れるかもしれない。
有名な老舗デパートは煌びやかな売り場が並び、買い物客たちは幸せそうに微笑んでいる。
紗英は顔が歪まないよう、手で頬を揉んだ。
この幸せな空間に馴染まなければならないから。
エスカレーターで地下一階へ降りると、専門店街の一角に紅茶を扱う店があった。
そこには可愛らしいデザインの缶に入ったオリジナルの茶葉や、紅茶の関連グッズが綺麗にディスプレイされている。
おしゃれな店内は見ているだけで癒やされた。ふたりで来るはずだったけれど……ということは、考えないようにした。
紗英は赤いティーポットと、茶葉の缶をいくつかカゴに入れた。
レジに行こうとしたとき、ふと棚にペアのマグカップが並んでいるのが目に留まる。
「あ……そうだ。マグカップ……」
おそろいのマグカップも欲しい、なんて悠司は言っていたことを思い出す。
そのマグカップは、身を乗り出した猫がキスをしているデザインだった。ふたつ合わせれば、二匹の猫のキスが完成するという構図だ。これは一個だけ買っても寂しいだろう。
紗英は悩んだ末、ふたつのマグカップをカゴに入れた。
悠司と使うためではない。飾っておくためだ。この素敵なマグカップを諦めて、誰かに買われたら後悔すると思ったからだった。
レジで会計を済ませ、店のロゴが刻まれた紙袋に商品を入れてもらう。ティーポットとマグカップは陶器なので、ギフトボックスに包まれた。
今日はティーバッグではない、茶葉の紅茶を淹れて楽しもう。
その楽しみがあると思うと、紗英のささくれ立った心はいくらか落ち着いた。
デパートを出ると寒風が吹き、首を竦める。
マフラーが欲しいな、と思った。
こんなとき、悠司さんなら肩を抱いてくれるのに……。
ふとしたことで彼を思い出してしまい、涙が零れそうになる。
かぶりを振った紗英は、努めて悠司のことを考えないようにした。
まだこんなにも、彼に未練があるのだ。
けれど時間が経ったら、身分違いなのだから仕方ないと、失恋を受け入れられるのではないだろうか。
電車で帰宅するため、通勤客で混雑する駅のホームに並ぶ。
ふと、紗英は呟いた。
「そっか……。私、失恋したんだ……」
だから、こんなにも心が痛いし、受け入れるのが難しいのだ。
これまでのクズ男たちに対しては、こんな感情を抱いたことはなかった。裏切られるたびに、「やっぱりね」という確信が湧いただけだ。だから失恋したなんて、思っていなかった。
つまり、紗英は本当の意味で恋愛をしていなかったのだ。
悠司に会うまでは――。
彼と濃密な時間を過ごして、体を重ね、たくさんのキスをして、そして好きになった。
あの時間が濃厚だったからこそ、失ったことがこんなにも悲しい。
「でも……いつか、忘れられるのかな……」
電車に揺られて駅から出た紗英は、アパートへの道をとぼとぼと歩いた。
悠司との幸せな思い出は、忘れられそうにない。ただ、この胸の痛みがいつかは消えるのか。それだけだった。
アパートの階段を上り、バッグから鍵を探ろうとしたとき、ぎくりとする。
御曹司の悠司がお金持ちの令嬢を結婚相手に選ぶのは、当然の流れだ。
それなのに、紗英は気づかないふりをして、ふたりの関係や自分のことや、悠司しか見ていなかった。恋愛に夢中になってしまって、ふたりの立場の違いをわかっていなかった。
承諾したものの、紗英は話し合いをするべきか迷っていた。
俺たちの関係はこれで終わりだ、なんて言われたら、冷静さを保てる自信がない。もしかしたら彼を罵倒したり、縋りついて滲めな姿を見せてしまうかもしれない。
紗英には気持ちを整理する時間が必要だった。
だが終業時刻間際になって、悠司に電話があった。相手は先ほどの叔父のようだ。
「困りますよ、叔父さん。――え、今日ですか? 今日は空いてません。――いえ、だからこちらにも都合がありまして……」
悠司は困り果てているようだが、どうやら叔父が、見合い相手との顔合わせを行いたいだとか言っているのではないだろうか。
やっぱり、私は悠司さんに優先されるような女じゃない……。
そう悟った紗英は、逃げるようにフロアから出た。
フロアを出ていく紗英を見咎めた悠司は立ち上がろうとしたが、電話の相手が話しているため、受話器を置けない。
それでいいのだと、紗英は切ない胸のうちを抱えて、会社を出た。
だけど、今から悠司が令嬢と顔合わせをするのに、自分はアパートでひとり泣き崩れるなんて、あまりにも惨めだった。
なにかよすがになるものを、紗英は欲した。それに気分転換もしたい。
「そういえば、紅茶のポットと茶葉を買おうって約束してたな……」
もう叶うことはないけれど、悠司のマンションにお泊まりしたとき、今度は紅茶のポットと茶葉を一緒にデパートで買おうと話したことを思い出す。
紗英はデパートの方角へ足を向けた。
買い物でもすれば、多少は気が紛れるかもしれない。
有名な老舗デパートは煌びやかな売り場が並び、買い物客たちは幸せそうに微笑んでいる。
紗英は顔が歪まないよう、手で頬を揉んだ。
この幸せな空間に馴染まなければならないから。
エスカレーターで地下一階へ降りると、専門店街の一角に紅茶を扱う店があった。
そこには可愛らしいデザインの缶に入ったオリジナルの茶葉や、紅茶の関連グッズが綺麗にディスプレイされている。
おしゃれな店内は見ているだけで癒やされた。ふたりで来るはずだったけれど……ということは、考えないようにした。
紗英は赤いティーポットと、茶葉の缶をいくつかカゴに入れた。
レジに行こうとしたとき、ふと棚にペアのマグカップが並んでいるのが目に留まる。
「あ……そうだ。マグカップ……」
おそろいのマグカップも欲しい、なんて悠司は言っていたことを思い出す。
そのマグカップは、身を乗り出した猫がキスをしているデザインだった。ふたつ合わせれば、二匹の猫のキスが完成するという構図だ。これは一個だけ買っても寂しいだろう。
紗英は悩んだ末、ふたつのマグカップをカゴに入れた。
悠司と使うためではない。飾っておくためだ。この素敵なマグカップを諦めて、誰かに買われたら後悔すると思ったからだった。
レジで会計を済ませ、店のロゴが刻まれた紙袋に商品を入れてもらう。ティーポットとマグカップは陶器なので、ギフトボックスに包まれた。
今日はティーバッグではない、茶葉の紅茶を淹れて楽しもう。
その楽しみがあると思うと、紗英のささくれ立った心はいくらか落ち着いた。
デパートを出ると寒風が吹き、首を竦める。
マフラーが欲しいな、と思った。
こんなとき、悠司さんなら肩を抱いてくれるのに……。
ふとしたことで彼を思い出してしまい、涙が零れそうになる。
かぶりを振った紗英は、努めて悠司のことを考えないようにした。
まだこんなにも、彼に未練があるのだ。
けれど時間が経ったら、身分違いなのだから仕方ないと、失恋を受け入れられるのではないだろうか。
電車で帰宅するため、通勤客で混雑する駅のホームに並ぶ。
ふと、紗英は呟いた。
「そっか……。私、失恋したんだ……」
だから、こんなにも心が痛いし、受け入れるのが難しいのだ。
これまでのクズ男たちに対しては、こんな感情を抱いたことはなかった。裏切られるたびに、「やっぱりね」という確信が湧いただけだ。だから失恋したなんて、思っていなかった。
つまり、紗英は本当の意味で恋愛をしていなかったのだ。
悠司に会うまでは――。
彼と濃密な時間を過ごして、体を重ね、たくさんのキスをして、そして好きになった。
あの時間が濃厚だったからこそ、失ったことがこんなにも悲しい。
「でも……いつか、忘れられるのかな……」
電車に揺られて駅から出た紗英は、アパートへの道をとぼとぼと歩いた。
悠司との幸せな思い出は、忘れられそうにない。ただ、この胸の痛みがいつかは消えるのか。それだけだった。
アパートの階段を上り、バッグから鍵を探ろうとしたとき、ぎくりとする。