一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
 こんな優しい人と恋愛できたら、すごく幸せなんだろうな……。
 そんな考えをちらりと抱いてしまう。
 でも実現するわけがない。彼は御曹司なのだから。
 想像したのがいけないことのように、紗英はかぶりを振る。
「私、男運がないんですよね。なぜか今まで付き合った人は、浮気したり、お金をたかってきたりっていう、いわゆるクズ男ばかりなんです。だからもう恋愛なんてしたくないです」
 男運がないと言いながらも、紗英はクズ男を掴んでしまう世のからくりに気がついていた。
 イケメンのいい男は、可愛い女と付き合っている。
 だから美人でも可愛くもない自分は、クズ男くらいにしか拾われないのである。
 別れたら寂しいからという理由で、好きでもないのにズルズルと付き合う自分も悪いのだろう。
 だから、これからは恋愛せずに、仕事だけに邁進したほうがいい。もう傷つくのはたくさんだった。
 ところが悠司は真摯な双眸をこちらに向けて力説する。
「今までの男たちは紗英の優しさに甘えていたんだ。つまり、きみが優しいという証拠だよ。これからは甘えさせてくれる男と恋愛すればいい」
「……もう恋愛はこりごりです。甘えさせてくれる人となんて、出会える気がしませんし、これからは仕事だけに――」
 チュ、と唇に柔らかなものが触れた。
 突然のことに瞠目した紗英は、悠司の顔がゆっくりと離れていくのを目にする。
 え……今、キス、された……?
 ぱちぱちと目を瞬かせていると、悠司は艶めいた微笑を浮かべた。
「それは困るな。きみを甘えさせる男は、すぐ目の前にいるよ」
「え……あの……」
「俺じゃ、だめかな?」
 なにが起こったのか脳内で処理できず、紗英は呆然とした。
 まさか、悠司は口説いているのだろうか。
 イケメン御曹司の彼が、凡庸な一介の社員である私を……?
 そんなことはありえない。
 都合のよい幻想か、もしくは悠司の冗談だろう。
 しかも彼は、紗英が恋愛を捨てることを阻止するかのように、キスした気がする。
「あの……今、キス……」
「したよ」
「え……なんで……」
「可愛いから、キスしたかった」
 悠司はなにを言っているのだろう。
 彼の言動が理解できず、紗英は眉をひそめる。
「からかうのは、やめてください」
「からかってないよ。俺は本気だ」
 悠司の目は真剣だった。
 顔を傾けた彼は、またキスしそうなほどに紗英に近づく。
 彼の吐息を感じて、慌てた紗英は身を引いたが、すぐにソファの背についてしまった。
「でも、私と付き合った人はみんなクズ男なんです。もし悠司さんが私と付き合うようなことになったら、あなたもクズ男に変貌してしまうかもしれません」
 イケメンで紳士的な悠司を、紗英と付き合うことにより、クズ男に変えてしまうことは避けたかった。
 悠司の言う通り、紗英の優しさに男たちは甘えてしまうのかもしれない。それにより、いっそう男がさらなるクズ男に変わっていくのだ。
 だから会社の御曹司である悠司を、紗英と付き合うことによって、クズ男に変えるなんてことがあってはならない。
 悠司の未来を、そして会社の未来を変えてしまうことになりかねないから。
 それを聞いた悠司は、おもしろいことを耳にしたかのように噴き出した。
 彼はひとしきりくつくつと笑うと、顔を上げた。挑戦的な目を紗英に向ける。
「なるほど、そうくるか。――いいじゃないか。俺をクズ男にしてみろ」
「そ、そんなのいけませんよ!」
「俺がクズ男になったら、俺の負け。きみのことは諦める。ただし、きみが俺に惚れて甘えられたら、俺の勝ち。俺の言うことを聞いてもらう。それでどうかな?」
 なぜか、クズ男になるかならないかという勝負に引き込まれてしまった。
 きっと悠司も酔っているので、自分がなにを言っているのか、彼自身わかっていないのかもしれない。
 お互いに酔っ払いなので、その場の勢いだ。
 そろそろこの話は終わりにしたいので、紗英は頷いた。
「わかりました。その勝負にのりましょう」
「よし。それじゃあ、場所を移動しようか」
「勝負のためにですか?」
「そう。勝負のために」
 腕相撲でもするのかな……と、紗英は酔った頭で考えた。
 悠司に手を取られて立ち上がる。
 堂々としてエスコートする彼の顔色は変わらず、足取りもしっかりしていた。まったく酔っているようには見えず、紗英は首をかしげた。
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