『義理の弟クンがやって来た!』
第5話 守りたい
【一樹視点】
俺が幼い頃、父さんは家を出て行って、ずっと俺と母さんと二人暮らしの日々だった。
「父さんはどうして家を出て行ったの?」
一度だけ、母さんに聞いたことがある。
母さんは悲しそうに静かに声も立てずに泣いて、理由《わけ》を話してはくれなかった。
ああ、父さんのことは聞いちゃいけない話なんだ。
そう無性に納得した。
母さんを泣かせたり、困らせたくないから。
あとで、親戚たちが話しているのを偶然耳にした。
父さんは母さん以外に好きな人が出来て、俺と母さんを捨てて家を出て行ったんだ。
……そして、死んだ。
俺の父さんが、顔も思い出せないような父親が亡くなった。
事故なのか、病気なのかは知らない。
俺は悲しいのかどうか、自分の気持ちなのに分からなかった。
いいや、過去形ではなくって、いまだによく分からない。
ただ、母さんがずっと笑顔の下に、悲しみを宿しているのは感じていた。
そんな数年が経って、俺は恋愛や結婚に否定的な気持ちしか湧いてこなかった。
女子から、告白されることがある。
小学生の頃は女子のグループにいっせいにバレンタインデーに好きですって言われてチョコをもらって。
俺の返事なんかいらない、女子はイベントを楽しんでいるって感じだった。
違う子もいたかもだけど、少なくとも俺にはそういう風にしか伝わらなかったんだ。
そんな考えかたはひねくれてるって親友の慎也に言われたけど、だからどうしろって?
誰も好きになれない俺はたぶん一生恋なんて出来ないって、事あるごとに思い知らされてきた。
――それにさ。
俺は誰かに想いを寄せてもらえるほどの価値はないと思う。
冷めてるから。
馬鹿げてる。
いつかその横にいて愛を囁いてるその子だって、裏切って他の子の方に行くかもしれないんだぜ?
◇◆◇
俺と母さんの生活に変化が訪れたのは、俺が中学生になった頃だった。
――母さんが笑ってる。
愛想笑いでもなく、母さんのあたたかい心の片隅に潜んでいる深い冷たい悲しみが溶けていった。
ひとつの出逢いが母さんを変えたんだ。
相手は母さんが転職した先の上司が果歩の父親の悠人《ゆうと》さんだ。
俺は母さんに近づく男は、警戒する。
前に交際を申し込んできた男は、母さんを泣かすタイプの最低な二股野郎だったから。
母さんがぼろぼろになって、俺はどうしたら良いのか分からなくって。
その時支えてくれたのが、悠人さんだった。
俺は彼をずっと観察していた。
母さんを騙したりするような悪い大人の男なら、今度こそぶん殴ってでも付き合いを認めないと決めていたから。
悠人さんはお人好しって感じ。
彼は子供の俺から見ても年の割に純粋でおっちょこちょいだった。
悠人さんの子供の果歩に出会った。
気が乗らないけど、母さんのためにと行ったバーベキューで。
会社の旅行とか行事に連れて行かされても、俺は我慢をしていた。
そのうち、子供同士で遊んだり、つまんなさそうにしている小さい子たちと遊ぶと「いつきくん、遊んで」「サッカーやろうよ」とか言われるのが嬉しくなった。
果歩は、俺たちの遊びには参加してこなかった。
どちらかといえば、悠人さんの後ろにくっついて、大人の集団のなかにいた。
――ああ、守らないといけないな。
なんでか果歩を見てたら胸が痛んで、放っておけないと思った。
胸に奔《はし》るぎゅっとした痛みと、どくんと鼓動がひとつ高鳴った。
初めての音が、自分のなかでトクトクと奏でて熱を発していた。
果歩を見ると、だ。
あいつ限定で俺は、俺の胸の奥がキュンと痛むことに気づく。
これはいったいなんだろ?
感情に、名前をつけてはいけない。
だって、こいつは……。
「なあ? あんたのお父さんって悠人さん?」
「えっ? ……うん」
話しかけてしまった!
自分から女子に声をかけるだなんて、用事もない相手《じょし》に話しかけてるって、俺は正気の沙汰じゃねえ。
「親の会社の行事なんて、楽しめるのはコミュ力の高い奴か、余計なことを考えていないタイプの子供だけだよなあ」
「……えっ?」
「俺、これからマシュマロを焼いて食う予定だけど。……一緒にどう?」
あー、ナンパな誘い方だったろうか?
だってさ、そんな風にしか誘い文句が浮かんでこなかったんだ。
俺は面倒くさいごたごたで揉めてる女子の集団って苦手で、出来るだけ関わらないようにしてたから、なにを喜ぶのか分からん。
出会ったばかりの頃よりはさ、……なあ、果歩。
ちょっとはさ、心を許してんの?
なあ、慕ってくれるようになった?
――俺、お前が思ってるほど、子供でも「優しいただの弟」でもないよ?
守りたいんだ。
俺は果歩の笑顔を守っていきたいんだ。
たとえそれが、家族の好きより超えた好きであっても。
隠していくべきか、意思表示して良いもんかは分からない。
中学生の俺には、今はそばで見守るしか出来ないけれど、大人になればすこしはうまく立ち回れんのかな?
俺が幼い頃、父さんは家を出て行って、ずっと俺と母さんと二人暮らしの日々だった。
「父さんはどうして家を出て行ったの?」
一度だけ、母さんに聞いたことがある。
母さんは悲しそうに静かに声も立てずに泣いて、理由《わけ》を話してはくれなかった。
ああ、父さんのことは聞いちゃいけない話なんだ。
そう無性に納得した。
母さんを泣かせたり、困らせたくないから。
あとで、親戚たちが話しているのを偶然耳にした。
父さんは母さん以外に好きな人が出来て、俺と母さんを捨てて家を出て行ったんだ。
……そして、死んだ。
俺の父さんが、顔も思い出せないような父親が亡くなった。
事故なのか、病気なのかは知らない。
俺は悲しいのかどうか、自分の気持ちなのに分からなかった。
いいや、過去形ではなくって、いまだによく分からない。
ただ、母さんがずっと笑顔の下に、悲しみを宿しているのは感じていた。
そんな数年が経って、俺は恋愛や結婚に否定的な気持ちしか湧いてこなかった。
女子から、告白されることがある。
小学生の頃は女子のグループにいっせいにバレンタインデーに好きですって言われてチョコをもらって。
俺の返事なんかいらない、女子はイベントを楽しんでいるって感じだった。
違う子もいたかもだけど、少なくとも俺にはそういう風にしか伝わらなかったんだ。
そんな考えかたはひねくれてるって親友の慎也に言われたけど、だからどうしろって?
誰も好きになれない俺はたぶん一生恋なんて出来ないって、事あるごとに思い知らされてきた。
――それにさ。
俺は誰かに想いを寄せてもらえるほどの価値はないと思う。
冷めてるから。
馬鹿げてる。
いつかその横にいて愛を囁いてるその子だって、裏切って他の子の方に行くかもしれないんだぜ?
◇◆◇
俺と母さんの生活に変化が訪れたのは、俺が中学生になった頃だった。
――母さんが笑ってる。
愛想笑いでもなく、母さんのあたたかい心の片隅に潜んでいる深い冷たい悲しみが溶けていった。
ひとつの出逢いが母さんを変えたんだ。
相手は母さんが転職した先の上司が果歩の父親の悠人《ゆうと》さんだ。
俺は母さんに近づく男は、警戒する。
前に交際を申し込んできた男は、母さんを泣かすタイプの最低な二股野郎だったから。
母さんがぼろぼろになって、俺はどうしたら良いのか分からなくって。
その時支えてくれたのが、悠人さんだった。
俺は彼をずっと観察していた。
母さんを騙したりするような悪い大人の男なら、今度こそぶん殴ってでも付き合いを認めないと決めていたから。
悠人さんはお人好しって感じ。
彼は子供の俺から見ても年の割に純粋でおっちょこちょいだった。
悠人さんの子供の果歩に出会った。
気が乗らないけど、母さんのためにと行ったバーベキューで。
会社の旅行とか行事に連れて行かされても、俺は我慢をしていた。
そのうち、子供同士で遊んだり、つまんなさそうにしている小さい子たちと遊ぶと「いつきくん、遊んで」「サッカーやろうよ」とか言われるのが嬉しくなった。
果歩は、俺たちの遊びには参加してこなかった。
どちらかといえば、悠人さんの後ろにくっついて、大人の集団のなかにいた。
――ああ、守らないといけないな。
なんでか果歩を見てたら胸が痛んで、放っておけないと思った。
胸に奔《はし》るぎゅっとした痛みと、どくんと鼓動がひとつ高鳴った。
初めての音が、自分のなかでトクトクと奏でて熱を発していた。
果歩を見ると、だ。
あいつ限定で俺は、俺の胸の奥がキュンと痛むことに気づく。
これはいったいなんだろ?
感情に、名前をつけてはいけない。
だって、こいつは……。
「なあ? あんたのお父さんって悠人さん?」
「えっ? ……うん」
話しかけてしまった!
自分から女子に声をかけるだなんて、用事もない相手《じょし》に話しかけてるって、俺は正気の沙汰じゃねえ。
「親の会社の行事なんて、楽しめるのはコミュ力の高い奴か、余計なことを考えていないタイプの子供だけだよなあ」
「……えっ?」
「俺、これからマシュマロを焼いて食う予定だけど。……一緒にどう?」
あー、ナンパな誘い方だったろうか?
だってさ、そんな風にしか誘い文句が浮かんでこなかったんだ。
俺は面倒くさいごたごたで揉めてる女子の集団って苦手で、出来るだけ関わらないようにしてたから、なにを喜ぶのか分からん。
出会ったばかりの頃よりはさ、……なあ、果歩。
ちょっとはさ、心を許してんの?
なあ、慕ってくれるようになった?
――俺、お前が思ってるほど、子供でも「優しいただの弟」でもないよ?
守りたいんだ。
俺は果歩の笑顔を守っていきたいんだ。
たとえそれが、家族の好きより超えた好きであっても。
隠していくべきか、意思表示して良いもんかは分からない。
中学生の俺には、今はそばで見守るしか出来ないけれど、大人になればすこしはうまく立ち回れんのかな?