千秋先生は極甘彼氏。

 ちょうど一年前の今頃は新しい業務を覚えるのに必死だった。
 営業部から異動してきたばかりで、業務を引き継いだ先で発覚した「コンプライアンス違反」。幸い黒か白かと言われると限りなく黒に近いグレーではあったけど、労基署に突かれるとヤバイということで産業医の紹介会社に連絡したところ、紹介された医師が柾哉さんだった。

 そして。

 「…おはよ、いまなんじ?」
 「もうすぐ6時かな」
 「飛行機何時だっけ?」

 優しく頭を撫でる手を心地よく思いながら重い瞼を無理矢理持ち上げた。
 ぼんやりした視界に映る端正な顔。彼は愛おしげに目を細めると乱れた前髪を寄せながら額にキスをくれる。

 「9時30分。荷物用意しないといけないからそろそろ起きるか」
 「…うん」

 柾哉さんと一緒にいられるならずっと家の中で過ごしていてもよかったけれど、「旅行しよう」と提案してくれたのでそれに乗っかることに。
 
 どこに行くか色々悩んで結局「沖縄」になった。グアムとかサイパンとかの話も出たけど、そもそも沖縄も九州に行ったことがないといえば柾哉さんが愕然とした顔になったのは可笑しかったなぁ。

 その時のことを思い出して笑っていると頭頂部に諌めるように唇を押し当てられた。

 「なにがおかしい?」
 「ん?まさやさんがおどろいてたなあって」

 もにゃもにゃと言いながら彼の唇にキスをする。目を細めた彼が小さく笑って目を閉じた。そのままコロンと転がされて彼の首を抱きしめる。さっきより
もしっかりとくっついた唇がじわりと脳をとろけさせた。

 「果穂が九州に行ったことないって話?」
 「うん」

 寝癖のついた柾哉さんの髪を撫でながらふと違和感に気づいた。なにかいつもと違う。だけどそれが何かわからない。

 「どうしたの?」
 「なんかいつもと違う」

 私は不思議に思いながら彼の頭を撫で続けた。
 何が違うのかは指の引っ掛かりだ。右手はしっかり通るのに左手がなぜか引っかかる。

 「果穂、いたい」
 「ごめん。でもなん…え?」

 寝癖のついた髪を指に通して気がついた。
 いつもと違う理由。それは左手の薬指に指輪がはまっていたから。
 その指輪が柾哉さんの髪を巻き込んでしまったようだ。

 「…これ、なに?」
 「なにって指輪」
 「そうだけど。…え?」

 呆然とする私に柾哉さんが笑っている。じわじわと目に涙を溜める私の目尻に彼の唇が落ちてきた。

 
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