千秋先生は極甘彼氏。

 
 二回目の乾杯をしてあたりさわりない事を話す。そういえばさっき聞き逃してしまったけど千秋先生のご実家は病院経営をしていると言ってたっけ。

「千秋先生は医者家系なんですか?」
「うん。代々外科医の家系なんだ」
「え?外科医?」
「そう。父も祖父も、そのまた祖父も外科医。姉がいるけど姉も外科医。姉の旦那は麻酔科医だけど」

 ちなみにお母様は元看護師らしい。

「…すごいですね」
「そう?そんな家系だから俺ははみ出し者扱いされている」

 千秋先生が自虐的に笑った。お父様は千秋先生に病院を継がせたいらしいけど千秋先生にその気はないと言う。
 
「小さい時から俺はずっと父と同じ医者になると思って生きていた。周囲からもそう見られていたしそう期待もされていた。でもある日突然、「病気はなった後に治療するのではなく、予防しないといけないのでは?」という疑問が立ちはだかってね。外科医の道に違和感を感じ始めた。別に外科医がダメというわけじゃない。ただこれはあくまで自分の考えだよ。当然外科医として医療現場にたつはずの俺が父に黙って精神科医として医療現場に立った時はとても憤慨されたね。でも俺は自分の納得する医療の道を歩みたいから後悔はない。まぁ、父とは相変わらず口も聞かないし関係は悪いままだけどね」

 千秋先生は肩を竦める。

「だからこれからもずっと産業医をしていくつもりだよ。働き方や普段の習慣を変えないと根本的に病気は減らない。父は臨床医としてのプライドがあるしメスを握らない産業医のことを馬鹿にしているけどそもそも手術なんてしない方がいいんだ。がんも脳卒中もそうだけど、あらゆる病気は普段の食生活や習慣から生まれる。そこを改善しないと治るものも治らない」

 千秋先生の言葉はいつも説得力がある。私は彼の話に頷きながら次第に聞き入っていた。途中で我に返った千秋先生に「止めてよ」と言われたけど、目を輝かせて話している千秋先生を止めることなど私にはできなかったから。

「もっと聞きたいです」
「つまらないでしょう?」
「全然!とても勉強になりますし」
「真面目だねえ」

 結局アルコールも回り饒舌になった千秋先生のミニ講演会はその後二時間ほど続いた。
 初めこそご自身の業務や立場の事を話されていたけど、後半はなぜ産業医になったか、産業医になって何をしたいのか非常に濃密な内容だった。その話しを通じて「千秋柾哉」という人柄を改めて知れた気がする。

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