千秋先生は極甘彼氏。
「もう九時か」
「早いですね」
「オープンより早く店に入って今でしょう?ちょっと話しすぎたね」
「そんな事ないです!」
苦笑する千秋先生にと全否定する。
この数時間のおかげでたくさんの顔が見れた。色んな表情を見れて嬉しいしできればもっと見ていたいし話は聞いていたい。彼のことが知りたかった。
でもこれ以上引き伸ばしたら千秋先生にも迷惑になるよね。
続く言葉を探していると千秋先生がふと力を抜く気配がした。
「福原さんが聞き上手なせいで色々と話しすぎたよ」
「そんな。でも聞けてよかったです。千秋先生の野望が大きくてドキドキしました」
「野望って。無謀だと思わないの?」
「思わないですよ」
千秋先生が産業医を目指すきっかけになったのはお父様の様子を見て医療現場に立つ人こそきっちりとケアをしないといけないと考えたことだった。
患者の命を預かる医療現場に立つ医師は休日なんてあってないようなもの。 千秋先生のお父様も千秋先生がまだ幼い頃、家族と旅行の日も呼び出されたり、一週間病院に泊まりっぱなしのことも度々あったらしい。
24時間365日気が休まる日が無い状況はいつか働きすぎで死んでしまうのではないか、と幼い千秋先生に漠然とした不安を抱かせたようだった。
本格的に産業医に興味を持ったのは高校生の頃。実は結構早い段階で精神科を専門にすることも決めていたんだと悪戯を計画する子どものように教えてくれた。
しかし自分が学費を出すことや例え入学しても医学部に通いながらアルバイトをしながら生活費までを賄うことはできない。親の期待を裏切る勇気もなく、大学は望まれるままに入った。本当は他に行きたい大学があったと寂しそうに笑って。
しかし考え方によっては“日本最高峰の大学の医学部卒業”という肩書きは権威力があることに気づいた。千秋先生はそれを利用し、医療業界にも働き方に対する考え方や新しい医師の在り方を作るんだという熱い想いを語ってくれた。
その時の先生の顔がとてもイキイキとしており、決して「無謀な挑戦」には見えなかった。千秋先生なら本当に叶えてしまいそうだから。
「確かに時間はかかると思いますよ。でも」
「ありがとう。福原さんに言われると頑張れそうだよ」
柔らかく微笑まれて酔いは冷めたはずなのにまたぶり返す。
頬がカァと熱くなる。千秋先生の視線が真っ直ぐに突き刺さった。
見られてる。
そう思うと先生の顔を同じように見返せない。
「あ、あの」
「よかったらまた食事に誘ってもいい?」
……いま何を言われた?私の空耳?
驚いていると千秋先生が「いや?」と首を傾げる。
「い、いやじゃないです!」
「本当?」
「ほ、本当です!」
だって
(先生のこと好きだから)
喉の奥から迫り上がった感情を必死に飲み込む。千秋先生がどういう意味で誘ってくれたのかわからないから期待はしない。