千秋先生は極甘彼氏。
 そして千秋先生の訪問日。

 いつも以上に緊張はしたものの滞りなく業務を終えた。ホッとしつつ、いつも通りエレベーター前まで見送りに出る。

 すると少し声のボリュームを抑えた彼がエレベーターの階表示を見上げたまま私にこっそり訊ねてきた。

 「(今夜仕事終わり予定ある?よかったら夕食でもどう?)」

 私は不審者のように思わず周囲を見渡してそろりと千秋先生を見上げた。
 彼は笑うのを我慢しているらしく頬がヒクヒクしている。

 (ぁあ!まだ返事できてないのに!)

 そこへエレベーターの到着を知らせるベルが鳴った。私はいつも通りエレベーターのボタンを押しながら千秋先生が乗るまで待つ。返事をしようと思いきやエレベーターの中には上から降りてきた人が乗っていたり、降りてきた人がいたりでなかなか伝えるタイミングがない。

 あわあわとしていると千秋先生からの助け舟に喜んで飛びついた。

 「後程ご連絡いただけますか?」
 「は、はい!あ、ありがとうございますたっ」

 しかし最後の最後に噛んでしまいひどく恥ずかしい。エレベーターが閉まり降りていくのを頭を下げたまま見送った。

 顔中に熱が集まり恥ずかしくて堪らない。いつも通りだったはずなのに最後の最後に気を抜いてしまった。
 
 あー、詰めが甘いよ果穂。


 ***

 「お、お待たせしました」
 「全然。待ってないよ」

 あの後すぐに千秋先生にはラインで連絡した。 今日やるべきことだけして終業後は慌てて待ち合わせ場所に向かう。

 会社の近くだと誰に会うか分からないので店は会社から離れてかつ私の家の近く(とは言っても二駅ほど電車に乗る)距離で千秋先生が待っていてくれた。

 「さっきまで明日の準備してたから」
 「そうなんですか?」
 「うん。お腹空いてる?」
 「ペコペコです!メニュー、あ、ありがとうございます」
  
 駅から少し離れた場所でここもまた教えてもらわないと分からない場所に入り口があった。知る人ぞ知るという創作ダイニング。今夜はカウンターに並んで一枚のメニューを同じ向きで眺めている。なんとも不思議な気分だ。

 「ビールとサラダと」
 「ここのおばんざいうまいよ。日替わりで出てくるんだ」
 「そうなんですか。じゃあそれも頼みましょう」

 ウキウキとメニューを眺めて注文をしているとすぐにビールが届いて「乾杯」とグラスを合わせた。そして次々と注文したものが届く。カウンターのテーブルの上のものをひとつずつお腹に収めながら仕事の話をしたりお酒を飲んだり楽しい時間を過ごした。

 
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