千秋先生は極甘彼氏。
一回、二回、と唇が触れて離れてまた触れ合った。これで終わりかと思えばまだ終わらない。伏せられたまつ毛の奥にある瞳はひどく甘くて、朝なのに爽やかさも清々しさも感じさせないほどどっぷりとした艶やかさを醸し出していた。
「……ちょっと充電」
唇が離れてようやく解放されるかと思いきやぎゅうと抱きしめられてしまった。だけど緊張よりも安堵する気持ちの方が大きくて押しつぶされた腕をよいしょと彼の背中に回せばより強くきつく抱きしめられた。(…っ、かわいい)
「………行こうか」
「…うん」
なんとなくこれ以上くっついていると外に出るのが億劫になりそうだった。千秋先生ももしかするとそう思ってくれていたのかな。
車から降りて入り口でチケットを購入する。
「果穂」
入場ゲートを潜れば千秋先生が手を差し出してくれた。その手を掴めばぎゅっと握りしめられる。
目的地までの地図を見て人波が流れる方向に歩いていくと、あたり一面に青くて小さな花をたくさん咲かせたネモフィラ畑が見えてきた。
「すごいな」
千秋先生が目を細める。
「…砂糖の山に群がる蟻みたい」
「果穂、シィ」
千秋先生が口元に人差し指をあてる。
どうやら彼も同じことを思っていたらしい。
遠くから見ると本当に人の影が蟻に見えるね、なんて感動も色気のカケラもないことを話しながら花畑まで歩いた。
「わぁ、すごい。砂糖の山が」
「俺たちも蟻その1とその2か」
「せめてアリコとアリオに」
「なにそのマルコとマルオみたいな名前」
クツクツと笑いながら花畑を歩く。私の左手はずっと繋がれたままでそれが嬉しくて照れくさくて勝手に口元が緩んでしまう。
「あれ、結婚式?」
「写真撮影かな。こういうサービス最近どこでもあるよ」
「へぇ」
青空の下、純白のウェディングドレスを着た女性と同じく真っ白なタキシードを着た男性がネモフィラ畑の一角で写真撮影をしていた。カメラマンが彼らにポーズの指示を出している。ちょうど花畑と海と空が見えるとても美しいロケーションだった。
「撮りたい?」
「うん。あ、ドレスじゃなくて」
「わかってるよ」
「できれば柾哉さんとツーショットがいいな」
今日の目標のひとつ。それは千秋先生と写真を撮ることだった。
これから少しずつ彼と過ごす時間が増えていくだろう。もしかすると傍にいることは当たり前になる可能性だってある。
だけどきっとそうなれば、今のこの胸のドキドキや悩んで悩んで選んだ洋服のこと、車の中でしたキスを今のように鮮明に覚えていないかもしれない。
もっと大人になった時、いつか今日の日を懐かしく思い出した時にたくさん楽しかったことが思い出せるように何かに残したい。