千秋先生は極甘彼氏。
「この後どうしよっか。晩飯一緒に食べて帰るでしょ?」
現実を突きつけられて気持ちがしゅんと萎む。カルボナーラ効果一瞬で解けた。わかってはいるけど帰りたくない。
「だめだよ、果穂。今夜は帰る」
「えぇえ」
「俺だって帰したくないけど明日仕事でしょ?福原さん」
ずるい。柾哉さんの言い方がずるくて思わずむっとしてしまう。
そんな子どもみたいに拗ねた私に彼は苦笑した。
「そのかわり、これで我慢して」
柾哉さんが「はい」と鍵をくれた。
もしかして、と驚いて顔を上げる。
「いつでもきていいから」
「…っゔん」
「その代わり、今度はちゃんと仕事用の荷物、持っておいで」
「ゔん」
もう寂しい、と心がしくしく泣く。
まだ一緒にいられるのに、帰ることを考えただけで鼻の奥がツンとした。
「ふふ。こんなに簡単に鍵は渡したらだめですよ」
「果穂だから渡したんだよ」
「悪い女に引っ掛からなくてよかったですね」
「その代わり、果穂という小悪魔に引っかかったけどね」
小悪魔って、なんかタチが悪い響きだ。
思わず唇を尖らせると彼がまたクスクスと笑った。プライベートの彼はよく笑ってくれる。それがうれしくてもっといろんな表情を見てみたい。
「果穂は俺をいつも振り回す小悪魔だよ」
「ふ、振り回すのは柾哉さんですっ」
「どこが?」
本気でわからない、と首を傾げる彼に驚いた。
「…っ、かっこいいし可愛いし。いつもスマートだしめちゃくちゃ私を甘やかすし。さりげない気遣いとか、料理も上手だし、努力家で仕事に誇り持ってるし。つまりえーっと。控えめ言っても最高な彼氏なんです!」
ドヤ、と胸を張ればまた笑われてしまった。
本気で言ったのにどうして目元を拭うほど笑うの?
「ありがとう。でも俺、全然振り回してないよね?」
「ふ、振り回されてますっ」
「果穂が俺を振り回すからブーメランなんじゃない?」
「ほ?」
え?私?自分のせい??
「オフィスのエントランスで待ってると、いつも“待ってたよ!”って嬉しそうに走ってくるのに、業務中は塩だし」
「そ、それは」
「そのくせエレベーターホールまで毎回見送ってくれる時は一生懸命話そうとしてるのがいじらしいし」
「ば、バレてたの?」
「電話もメールも事務的なのに、ちょいちょい嬉しそうな顔するの見ると誰だって“俺好かれてる?”って勘違いするよね?」
そ、そんなつもりじゃなかったんだけど。
「…もしかして」
今すっごいことに気づいたけど、獅々原さんにも気持ちは筒抜けだったのかな。今になって急に恥ずかしくなって一人悶えていると柾哉さんの手が伸びてきて首の左側に添えられた。
「簡単に“俺のもの”って言っちゃうし、昨日だって“もっとシたい”ってくっついてきたくせに一人勝手に寝落ちて背中向けるし」
「ひどい!」
「果穂だよ」
「ごめんなさいーっ」
「ハハハハ」
土下座せんばかりに頭を下げれば柾哉さんにおもいきり笑われてしまった。