千秋先生は極甘彼氏。
「それでは、明日には契約書をご送付しますね」
これは非常に珍しいことのようで、両者からその場で契約の合意が取れた。
あの後、獅々原さんと千秋先生が実は同級生だと知り(もちろん出身地も卒業大学も違う)なんとなく気安い空気が流れ業務のことも含めて話していた。
その場にいた私と宇多川さんが(ここに居ていいですか?)と目配せしたぐらいだ。初回と打って変わって和気藹々とした時間を過ごせて私も力が抜けた。
だからそう、気を抜いていたのだ。
「千秋先生。実は福原がこの間衛生管理者を取得したんです。しかも一種を」
衛生管理者とは国家資格のひとつであり、法律で常時使用する50人以上の選任義務のある事業場では必ず選任しないといけないと決められている。これまでは退職してしまった前任者が選任されていたのだけど、他に誰も資格をとっている人がいなくて二週間孟勉強して先日なんとか取得した。
ちなみに衛生管理者には一種と二種と種類があり、有害業務を行わない事業所であれば二種で十分なのだけど、その違いを確認しなかった私は「一種」の方が明らかに資格として上だろうという理由で「一種」を取得した。
「え?!この短期間ので取得したんですか?!」
これには宇多川さんがとても驚いていた。おまけに「俺、三回落ちて四回目でようやく受かったのに」と唖然としている。千秋先生も目をまん丸にしていた。
「あ、あの。は、い…。実は…」
「…凄いですね。おめでとうございます」
ふわっと花が咲いたように千秋先生が笑った。唇が横に広がり頬がキュッと上がる。それなのに眉は下がって目尻も下がった。その表情が屈託なく笑う無垢な少年のようでとても可愛らしい。
(ちょ、ちょっとまって。千秋先生が、可愛すぎる……!)
胸の奥がトクンと高鳴った。
整った顔立ちの先生に微笑みを向けられれば誰だって勘違いしてしまうぐらい破壊力抜群の笑顔。不意打ちを喰らった私は平静を装うことで必死だった。
トクトクトクと心臓が速まる。顔が急に熱くなった。
(わーっわーーーーっわぁーーーーーーーっ)
「あ、あのでも、その、点数が本当にギリギリで」
「そんなこと言わなければ分かりませんよ」
「そ、そうですけど」
「福原は業務しながら動画聞き流していたもんな」
げ、バレてた。
獅々原さんに突っ込まれて視線が泳ぐ。嘘をついても仕方がないので素直に白状した。
「う、は、はい。すみません」
「責めてないよ。それだけ必死にやっていたと千秋先生に伝えたかったんだ。問題集も付箋を貼っていたし二週間しか使っていないとは思えないほど使い込まれていた。ちゃんと努力していただろう?この短い間によく頑張ったと思うよ」
獅々原さんがそこまで見てくれているなんて。
嬉しいけど恥ずかしい。こうして褒められることに慣れていないせいかどうリアクションすればいいかわからない。