千秋先生は極甘彼氏。
あっという間に定刻を迎えお見送りの時間になった。
いつものごとく会議室で「お見送りは結構ですよ」と彼は制するが、私はひとりエレベーターホールまでついていく。
「今日もありがとうございました」
「いいえ。次回もよろしくお願いします」
「はい」
いつもならここで色々話題を振るのだけど、今日は何も聞けなかった。
なんとなく話しかけるなオーラというか、エレベーターの階表示を眺める横顔がどこか切なさを感じさせたからだ。
「…千秋先生」
視線を斜め上に向けていた彼がこちらを向く。「なにかありました?」と聞きそうになって口ごもった。プライベート感を匂わせる質問はすべきではないだろう。こんなオープンフロアで誰がどこで聞いているかわからないから。
ギリギリのところで葛藤しているとチン、とエレベーターの到着を知らせるベルが鳴った。
「では」
タイムオーバー。
千秋先生はいつものごとくエレベーターに乗ると小さく頭を下げた。いつもなら私もここで頭を下げて見送るはずだ。それでもどうしてか、このままここで彼と別れたくなかった。
「え?」
突き動かされるままに足を踏み出す。扉が閉まる前にエレベーターの飛び乗った。幸い彼以外誰も乗っていない。驚く柾哉さんをよそにギュッと抱きしめた。
「……コンビニに行くんです」
「ふ、…そう」
近づいてきた顔を迎えるように顔を上げる。じっとりとした熱い眼差しを受け入れるように目を閉じた。後頭部の後ろに手が回り、急くように熱く濡れた唇が重なった。
エレベーターが11階から地上に着くまでのわずか数秒。
グングンと降りていく箱の中。その速度が緩やかに止まる頃。もどかしそうに離れていく唇を見て目を伏せる。
「果穂、好きだよ」
柾哉さんは最後にもう一度私の唇を啄むと蕩けるように微笑んだ。
「ついてきてくれてありがとう」
「こ、コンビニ行くんです」
「まだそれ言うの?」
柾哉さんがクスクス笑う。
でもここまできたら何か買っていった方がいいと思うから。
私は柾哉さんと別れると誤魔化すためにコンビニに向かった。しかし、携帯すら持っていないことに気づいて結局何も買わずにオフィスに戻ったのだった。