やる気ゼロ令嬢と時戻しの魔法士*努力しても選ばれなかった私は今度こそ間違えない
 そして今日この時間、ヒューゴさんは、ここに居た。
 ヒューゴさんの正体を知っているのは、この店ではベイカーさんと厨房トップのカーニーさんだけ。
 今日はカーニーさんの指示で受け取りに来た、とヒューゴさんはサイモンに説明をしていた。


「いつもはここで確認していただいて、前回の空箱を受け取って帰るんですけれど。
 ……おふたりじゃあ、あれなんで、中に運びましょうか?
 この格好で厨房に入っていいのなら、ですけれど」


 お年寄りだから運べないだろうと、とサイモンは気を遣っている。
 下働きのヒューゴさんに対しても話し方は丁寧だ。
 前回の無愛想シドニーに、こんな一面があったのは知らなかった。
 そして、私の方を見て、ヒューゴさんに気付かれないように、顎をくいとあげて見せた。


 厨房から誰か呼んでこい、と言いたいのだと分かるが、ここは鈍感な女で、サイモンのサインに知らん顔をする。
 呼びに行ったって、ヒューゴさんから指示されているカーニーさんは誰も出さないのが分かっている。
 私はヒューゴさんに『空箱を取ってきますね』と言って、その場を離れた。


 祖父とサイモンの間に、どんな会話が交わされていたのかは知らない。
 私が空箱を運んでいる間も。
 更衣室から出て、裏口から帰った時も。
 ふたりは話続けていた。
 

 今夜、夕食後に電話をしたら。
 どんな話をしたのか、教えて貰えるのだろうか?
 私は祖父のように、割りきることが出来ない。
< 288 / 444 >

この作品をシェア

pagetop