スノードロップと紫苑の花
☕️

「お前結婚しねぇの?」

1杯300円もしない安い酒を飲みながら聞いてくる。

「相手がいない」

親友の風間 心治(かざま しんじ)とは高校時代からの付き合いで、3年間クラスが一緒だった。

入学と同時に野球部に入り、2年のときには同時期にレギュラーになった。

ポジションは俺がショートで親友の心治がセカンドの二遊間。

大会前は真面目に練習していたが、たまに朝練サボってマック行ったり、キャッチボール中にわざと暴投して体育館内にいる女子バスケ部に絡んだりしていた。

社会人になってからも一緒にスケボーしたり、ロードバイクに乗って都内をサイクリングしたり、クラブやフェスに行ってタオル振りながら体力の限界まで踊っていた。

心治には言いたいことを言える。

「理想が高ぇんだよ。若くて可愛い子ばっか狙うなって」

「どうせ結婚するなら良い女捕まえたいじゃんか。お前の嫁さんだって可愛いし」

心治の嫁さんは高校の一歳歳下の後輩で、女子バスケ部に所属していた。

彼女が入学と同時に心治が一目惚れし、それから何かと理由をつけては絡んでいた。

秋の大会の後、3年生の送別会が行われた。

たまたま女子バスケ部も同じ店で送別会が行われていて、そこから2人はさらに急接近して付き合いそのまま子供を産んで結婚した。

「そういうの最初だけだぞ?一緒に住んだら家族みたいになって、子供ができたら旦那なんて後回しにされて、小遣い制で好きなものも買えないし」

電子タバコを吸いながら既婚者の現実を夢なく語る。

「でも子供は可愛いだろ?」

「あぁ、めちゃくちゃ可愛い。子供のために生きてるって言っても過言じゃない」

子供の話になり、彼女の顔が浮かんだ。

「いまの嫁さんと一緒になって良かったって思うか?」

「あぁ、きっと違う人だったら結婚してないと思う」

こういうのも巡り合わせだろう。

「でも焦んなよ。結婚はタイミングって言うし、急いでするもんじゃない」

たしかにそうだ。焦っても良いことなんてない。

「長続きする秘訣って何だ?」

「それはな、我慢だ」

親友は一切の逡巡もなくそう言い切った。

「マジ?」

「理想を追い求めて良かったことなんてあるか?生きた人間同士が一緒になるんだ。そんなことはあり得ない」

たしかにそうだ。理想通りに行くことなんてほぼない。

「自分の理想の恋愛をしたいならAIと結婚すべきだ。だからお前も相手のために行動した方が良い。それが結果的に自分の幸せにつながるからな」

チャットGPTや占い師に将来の婚約者を聞いたところで信憑性(しんぴょうせい)はないし、自分の将来は自分で決めるのが『道』というものだ。

極論も混ざっていたが言っていることは正しい。

いつもふざけてばかりいるのに、こういう真剣な話になるとちゃんと答えてくれる。

そもそもこんな会話してこなかったから、お互い少し大人になったなと思う。

「それよりこれからどうする?」

そう親友に聞かれたが、時間は大丈夫か?

「どうするってもう夜の10時だぞ?家庭は大丈夫なのか?」

心治は二児の父親。

女慣れしていることもあってか結婚してからもモテる。

「嫁は来週まで子供連れて地元に帰省してるから大丈夫。せっかくだしどっか行くか」

親友のどっか行くか。はそういう店のことを指す。

「責任取らねぇぞ」

東京のネオンの光がギラギラに輝く街中、居酒屋の前で二次会に行くかどうかを話し合う学生たち。すでに酩酊している会社員たち。

スーツを着た若い男性とその隣に数人の女の子が店の入り口の前に立っている。

その中の1人の子。

どこかで見たことがあるような気がするが、マスクをしていたので確信は持てなかった。

「いらっしゃいませ。ご指名は?」

黒服の男性が入り口で俺ら2人を出迎える。

「いや、ないっす」

「ご来店されたことはあります?」

「いや、ないっす」

「フリー2名さまでーす」

店内に入ると、(きら)びやかな装飾と高そうなシャンデリアが出迎えた。

BGMはR&Bが流れていて、まるでバーのような雰囲気。

ドレスを着た綺麗な女性がスマホをいじりながら待機している。

奥に座っている常連らしき人はシャンパンを入れてキャバ嬢と乾杯していたが、平日ということもあってかそこまで混んでいなかった。

黒服のボーイに席に案内され、しばらくするとドレスを着た女性がやってきた。

さっき外で呼び込みをしていたうちの1人だ。

その子と目が合うと瞳孔が開いた。

「慶永?」

いつもよりちょっと濃いめのメイクをしていたが、リスのようなその顔は間違いない。

「梨紗?」

なんで梨紗がここに?
驚きのあまり大きい声が出た。

(ここではユメって名前でやってるから)

小声でそう言われた。

横に座っている心治は胸元と背中がガッツリ開いたドレスを着ているキャバ嬢と楽しそうに話している。

まさかキャバクラで梨紗と話すことになるなんて。

ちょっと気まずいが、20分くらいすれば違う子がつくので、梨紗、いや、ユメちゃんと話すことにした。

美容師のように今日はお休みだったんですか?とかは通用しないし、他のキャバ嬢のように何て呼んだらいいですか?っていうのもこの場では意味をなさない。

すると、ユメちゃんが切り出した。

「私さ、以前夢があるって言ってたの覚えてる?」

「あぁ、覚えてる」

「私ね、ずっと看護師になりたかったの。あの震災のときに何ができなかったことが悔しくて」

梨紗の両親と祖父母は東日本大震災のときに亡くなっている。

幼いながらも梨紗はそのことを強く覚えていて、北海道から親戚のいる東京に引き取られてなんとか生活はできていたが、心の穴は(ふさ)がらなかった。

その親戚も最近亡くなり、1人っ子の梨紗は天涯孤独となった。

理由は違えど、俺と同じように孤独感を内に秘めながら日々闘っている。

「梨紗って案外良い女だな」

「あれ?いまごろ知ったの?」

気づくの遅いと言わんばりの表情は少しだけ(なま)めかしく見えた。

「残念ながらな」

「ひどいんですけど」

お互いそんな軽口を言いながら話を続ける。

「でもお金が必要なら仕事辞める必要なかったんじゃないか?」

ウチの会社は中小企業にしては結構ボーナスが高い。

在籍が長ければ長いほど多くもらえるようになる。

「あの会社副業禁止じゃん。それに看護師になるには資格がいるから、勉強する時間が必要なの」

そう、ウチの会社は副業を禁止している。

パンデミックの影響で副業を申請する社員もいたがそれは叶わなかった。

むしろ今回を機にアプリゲームの開発にも携わるようになったことで仕事量は増えていった。

残業も多くなり、ハードワークから辞めていく社員も増えた。
梨紗もその1人。

「梨紗って意外と真面目なんだな」

「意外は余計よ」

「悪りぃ悪りぃ」

梨紗は会社を辞めてからというもの、昼は看護の専門学校に通い、夜はこの店で働いて専門学校の費用を自分で支払っているらしい。

別れてから知っていく梨紗の一面が最近増えた。
そんな気がする。




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