スノードロップと紫苑の花
☕️
千駄ヶ谷に来ていた。
今日は白いカットソーにガーディガンを羽織り、スキニーデニムにパンプスのコーデ。
夏の残り香が混ざった秋の風に長い髪が靡くその姿は誰よりも輝いて見えた。
開放感のある改札を抜けると、目の前には大学と東京体育館が受け入れてくれた。
大通りを曲がった先に目的の場所はあった。
目的はアイスクリーム。
自他ともに認めるアイス好きは伊達じゃなく、毎日のようにSNSでチェックしているそうだ。
この中でもとくに気になっていたのがこの店らしい。
スカイブルーの壁に白い雪が滴り落ち、茶色い扉の横には大きなそふとがどっしりと構えている。
休日ということもあって数組の若い人たちが並んでいる。
20分ほど並び店内へ。
案の定、店内はほぼ満席状態。
テイクアウトでもよかったが、せっかくなのでカウンターに並んで座った。
俺はショコラソフト、彼女はストロベリーがたくさん乗っているものを選んだ。
「ね、写真撮ろう!」
少し期待はしていたが、あまりにもナチュラルにそう言ってきたので一瞬ドキッとした。
彼女は自身のスマホのアプリを開き、何かをいじっている。
髪を整え直し終わると、カメラモードのスマホを右斜め上に掲げてシャッターボタンを押したが、どうやら気に入らなかったらしくもう一度撮り直すと、満足気にアイスを頬張った。
手前に座っている女子たちは、まるで撮影会のようにアイス片手に何度も何度も撮り直している。
早く食べないと溶けるぞと思っていると、案の定コーンからアイスが逃げ出すように溶けている。
今日はもともと違う場所に行く予定だった。
しかし、彼女が学校の課題を出し忘れていて夕方からしか会えないことになり、急遽ここに行くことになった。
アイスを食べ終えて店を出る。
「そういえばご飯食べた?」
「ううん、何も。お腹ペコペコ」
アイスを食べた直後の会話とは到底思えないが、胃下垂同士空腹感は一緒だったようだ。
徹夜をしてしまったせいで、起きたのは待ち合わせの1時間前だったから何も食べずに来たのだ。
駅に戻る途中、お洒落な雰囲気の店を見つける。
ファストフードチェーン店のプレミアムバージョンらしい。
ちょうど脂っこいのが食べたかったからハンバーガーのセットをそれぞれ頼み、あっという間に平らげた。
少し物足りない感じもしたが、寝不足のなかで食べすぎると睡魔に襲われてデートどころではなくなるので我慢した。
だらだらした後、次どこに行くか聞くと、彼女が驚きの言葉を発した。
「アイス食べたい」
えっ⁉︎いまさっき食べませんでしたっけ?
一瞬ふざけて言っているのかと思ったが、真っ直ぐ見つめながらそう言う彼女の顔は真剣だった。
「じゃあさっきの店もう一回並ぶ?」
「さすがにそれは恥ずかしいよ」
「でも食べたいんでしょ?」
「うん」
こういう欲に素直な人は好きだ。
下手に飾ろうとせず、有体でいてくれることでこっちも真っ直ぐ向き合える。
「じゃあどこか食べに行く?」
「久しぶりにあそこ行かん?」
「どこ?」
「あの駄菓子屋さん」
ー定位置にはすでに先客の子供たちがいた。
1人分だけスペースが空いていたので彼女に座ってもらった。
美味しいと言いながらアイスを食べている彼女の近くに立って俺はふ菓子片手にコーヒーを飲んでいた。
すると、横に座っていた子供が俺の方を見上げている。
その顔は何か言いたげだ。
「僕、どうしたの?」
俺がそう聞くと、その子は少し怯えた様子で目を逸らした。
「もしかして、慶永くんのこと怖いんやないと?」
「マジ?」
驚きながらもその子に確認すると、その子は首を縦に動かし「うん」と言った。
彼女の言う通りだったが予想以上に傷ついた。
「お兄さん、ここに座りたそうな顔してたから」
俺そんな顔していたのか?
「ありがとね、でも大丈夫だよ」
その子の前に屈んで笑顔でそう応えたが、その子はまだ怯えているように見えた。
「僕、このお兄ちゃんのこと怖い?」
アイスを食べ終えた彼女がそう聞くと、
「ちょっとだけ」
その真っ直ぐすぎる返事にさらに傷ついた。
「お兄ちゃんはすごく優しい人だから安心してね」
ニコニコしながら楽しそうに話す彼女。
それを見て少し心が躍動した。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんたち付き合ってるの?」
その子の横に座っていた子が身を乗り出しながら話しかけてきた。
「付き合ってるの?」
便乗するようにその子も続く。
休日な質問にお互い狼狽する。
「ど、どうしてそう思うんだ?」
動揺していることを隠そうとしたが、少し声が上擦ってしまった。
「だって、カップルでもない人たちがこんなところに2人きりで来るなんてありえないもん」
「そうそう。この辺で遊ぶの僕たちくらいだし」
「それに、なんか2人お似合いだし」
「この辺はもう過疎化が進んでて、おじいちゃんおばあちゃんしかいないから、僕たち以外にここに来る人なんていないもん」
過疎化なんて言葉どこで覚えた?
そんなの学校で習ったか?
「まさか、夫婦なんじゃない?」
夫婦という言葉に急速に体温が上昇していく。
彼女を一瞥すると目を逸らされたが、頬はリンゴのように赤く火照っていた。
「え〜、さすがにそれはないよ。だって指輪とかしてないし」
「うちの父ちゃんもしてないよ」
「おまえの父ちゃんシェフだろ?だったら指輪できないじゃん」
「なんで?」
「なんでって、衛生上禁止なところが多いから」
「エイセイってなに?」
「今度父ちゃんに聞いてみ。ねぇねぇ、それより2人は付き合ってるの?」
1人の子は俺たちの関係が相当気になっているようだ。
回答に困っていると、タイミング良く?夕焼け小焼けが流れてきた。
「あっ、やべっ!もうこんな時間だ。早く帰らないと母ちゃんに怒られる」
「ホントだ。お兄ちゃん、お姉ちゃんまたね」
散々言いたいことを言って子供たちは去っていった。
「なんか、いまどきの子供ってませてるね」
「う、うん……」
急に気まずくなった感じがしたのに、なぜか俺の気持ちは亢進していた。
コーヒーを一気に飲み干し彼女の横に座る。
沈黙の時間は唾を飲む音さえ響かせる。
「……紫苑ちゃんって好きな人いるの?」
唐突すぎる質問に目を瞬かせながら驚いた様子の彼女。
急に何を聞いているんだ俺は。
絶対にこのタイミングじゃないだろ。
「……」
そりゃあそうだよな。
急にこんなこと聞かれても困るよな。
何か話題を変えなければ。
いままで構築されてきた関係性が崩壊してしまう。
彼女は唇を一度軽く舐め、こちらを一瞥した後、耳に髪をかけながら、
「うん、おるよ」
そう答えた。
そりゃいるよな。
これだけの美人がフリーでいること自体おかしい。
きっとその人とも両想いですぐに結ばれるだろう。
「だよな……」
「慶永くんは好きな人おると?」
この返しの正解は何だ?
正直に答えて撃沈するか、曖昧にしてやり過ごすか。
「いるよ」
フラれて関係性が崩れるのは嫌だったが、それ以上に嘘をつくことはしたくなかったので素直に答えた。
少しの沈黙が訪れる。
反応が気になり一瞥する。
「その人って私のよく知っとる人?」
どっちに転ぶかは神のみぞ知る。
「よく知ってる人」
「そっか」
そこから先の言葉はなかった。
これは何を求めているんだ?
もしかして話を終わりたいってことか?
考えれば考えるほどわからなくなる。
雪落 慶永26歳。
俺は一か八かの勝負に出た。
「俺の好きな人は……いま隣にいる人」
言ってしまった。
時期尚早だったのだうか。
せめて年が明けるまで温めるべきだったのだろうか。
「……」
2度目の沈黙は果てしなく続く宇宙の如く長く感じた。
冗談だよって言えば逃れられるかもしれない。
でも言えなかった。
いや、言わなかった。
彼女の返事が欲しかったから。
「……私でいいと?」
待っていた言葉の中で最上級のものが返ってきた。
「他の人じゃ幸せにしたいって思えない」
「本当に?」
「本当に」
こうして、彼女とはじめて出会ったこの場所で俺たちは付き合うことになった。
千駄ヶ谷に来ていた。
今日は白いカットソーにガーディガンを羽織り、スキニーデニムにパンプスのコーデ。
夏の残り香が混ざった秋の風に長い髪が靡くその姿は誰よりも輝いて見えた。
開放感のある改札を抜けると、目の前には大学と東京体育館が受け入れてくれた。
大通りを曲がった先に目的の場所はあった。
目的はアイスクリーム。
自他ともに認めるアイス好きは伊達じゃなく、毎日のようにSNSでチェックしているそうだ。
この中でもとくに気になっていたのがこの店らしい。
スカイブルーの壁に白い雪が滴り落ち、茶色い扉の横には大きなそふとがどっしりと構えている。
休日ということもあって数組の若い人たちが並んでいる。
20分ほど並び店内へ。
案の定、店内はほぼ満席状態。
テイクアウトでもよかったが、せっかくなのでカウンターに並んで座った。
俺はショコラソフト、彼女はストロベリーがたくさん乗っているものを選んだ。
「ね、写真撮ろう!」
少し期待はしていたが、あまりにもナチュラルにそう言ってきたので一瞬ドキッとした。
彼女は自身のスマホのアプリを開き、何かをいじっている。
髪を整え直し終わると、カメラモードのスマホを右斜め上に掲げてシャッターボタンを押したが、どうやら気に入らなかったらしくもう一度撮り直すと、満足気にアイスを頬張った。
手前に座っている女子たちは、まるで撮影会のようにアイス片手に何度も何度も撮り直している。
早く食べないと溶けるぞと思っていると、案の定コーンからアイスが逃げ出すように溶けている。
今日はもともと違う場所に行く予定だった。
しかし、彼女が学校の課題を出し忘れていて夕方からしか会えないことになり、急遽ここに行くことになった。
アイスを食べ終えて店を出る。
「そういえばご飯食べた?」
「ううん、何も。お腹ペコペコ」
アイスを食べた直後の会話とは到底思えないが、胃下垂同士空腹感は一緒だったようだ。
徹夜をしてしまったせいで、起きたのは待ち合わせの1時間前だったから何も食べずに来たのだ。
駅に戻る途中、お洒落な雰囲気の店を見つける。
ファストフードチェーン店のプレミアムバージョンらしい。
ちょうど脂っこいのが食べたかったからハンバーガーのセットをそれぞれ頼み、あっという間に平らげた。
少し物足りない感じもしたが、寝不足のなかで食べすぎると睡魔に襲われてデートどころではなくなるので我慢した。
だらだらした後、次どこに行くか聞くと、彼女が驚きの言葉を発した。
「アイス食べたい」
えっ⁉︎いまさっき食べませんでしたっけ?
一瞬ふざけて言っているのかと思ったが、真っ直ぐ見つめながらそう言う彼女の顔は真剣だった。
「じゃあさっきの店もう一回並ぶ?」
「さすがにそれは恥ずかしいよ」
「でも食べたいんでしょ?」
「うん」
こういう欲に素直な人は好きだ。
下手に飾ろうとせず、有体でいてくれることでこっちも真っ直ぐ向き合える。
「じゃあどこか食べに行く?」
「久しぶりにあそこ行かん?」
「どこ?」
「あの駄菓子屋さん」
ー定位置にはすでに先客の子供たちがいた。
1人分だけスペースが空いていたので彼女に座ってもらった。
美味しいと言いながらアイスを食べている彼女の近くに立って俺はふ菓子片手にコーヒーを飲んでいた。
すると、横に座っていた子供が俺の方を見上げている。
その顔は何か言いたげだ。
「僕、どうしたの?」
俺がそう聞くと、その子は少し怯えた様子で目を逸らした。
「もしかして、慶永くんのこと怖いんやないと?」
「マジ?」
驚きながらもその子に確認すると、その子は首を縦に動かし「うん」と言った。
彼女の言う通りだったが予想以上に傷ついた。
「お兄さん、ここに座りたそうな顔してたから」
俺そんな顔していたのか?
「ありがとね、でも大丈夫だよ」
その子の前に屈んで笑顔でそう応えたが、その子はまだ怯えているように見えた。
「僕、このお兄ちゃんのこと怖い?」
アイスを食べ終えた彼女がそう聞くと、
「ちょっとだけ」
その真っ直ぐすぎる返事にさらに傷ついた。
「お兄ちゃんはすごく優しい人だから安心してね」
ニコニコしながら楽しそうに話す彼女。
それを見て少し心が躍動した。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんたち付き合ってるの?」
その子の横に座っていた子が身を乗り出しながら話しかけてきた。
「付き合ってるの?」
便乗するようにその子も続く。
休日な質問にお互い狼狽する。
「ど、どうしてそう思うんだ?」
動揺していることを隠そうとしたが、少し声が上擦ってしまった。
「だって、カップルでもない人たちがこんなところに2人きりで来るなんてありえないもん」
「そうそう。この辺で遊ぶの僕たちくらいだし」
「それに、なんか2人お似合いだし」
「この辺はもう過疎化が進んでて、おじいちゃんおばあちゃんしかいないから、僕たち以外にここに来る人なんていないもん」
過疎化なんて言葉どこで覚えた?
そんなの学校で習ったか?
「まさか、夫婦なんじゃない?」
夫婦という言葉に急速に体温が上昇していく。
彼女を一瞥すると目を逸らされたが、頬はリンゴのように赤く火照っていた。
「え〜、さすがにそれはないよ。だって指輪とかしてないし」
「うちの父ちゃんもしてないよ」
「おまえの父ちゃんシェフだろ?だったら指輪できないじゃん」
「なんで?」
「なんでって、衛生上禁止なところが多いから」
「エイセイってなに?」
「今度父ちゃんに聞いてみ。ねぇねぇ、それより2人は付き合ってるの?」
1人の子は俺たちの関係が相当気になっているようだ。
回答に困っていると、タイミング良く?夕焼け小焼けが流れてきた。
「あっ、やべっ!もうこんな時間だ。早く帰らないと母ちゃんに怒られる」
「ホントだ。お兄ちゃん、お姉ちゃんまたね」
散々言いたいことを言って子供たちは去っていった。
「なんか、いまどきの子供ってませてるね」
「う、うん……」
急に気まずくなった感じがしたのに、なぜか俺の気持ちは亢進していた。
コーヒーを一気に飲み干し彼女の横に座る。
沈黙の時間は唾を飲む音さえ響かせる。
「……紫苑ちゃんって好きな人いるの?」
唐突すぎる質問に目を瞬かせながら驚いた様子の彼女。
急に何を聞いているんだ俺は。
絶対にこのタイミングじゃないだろ。
「……」
そりゃあそうだよな。
急にこんなこと聞かれても困るよな。
何か話題を変えなければ。
いままで構築されてきた関係性が崩壊してしまう。
彼女は唇を一度軽く舐め、こちらを一瞥した後、耳に髪をかけながら、
「うん、おるよ」
そう答えた。
そりゃいるよな。
これだけの美人がフリーでいること自体おかしい。
きっとその人とも両想いですぐに結ばれるだろう。
「だよな……」
「慶永くんは好きな人おると?」
この返しの正解は何だ?
正直に答えて撃沈するか、曖昧にしてやり過ごすか。
「いるよ」
フラれて関係性が崩れるのは嫌だったが、それ以上に嘘をつくことはしたくなかったので素直に答えた。
少しの沈黙が訪れる。
反応が気になり一瞥する。
「その人って私のよく知っとる人?」
どっちに転ぶかは神のみぞ知る。
「よく知ってる人」
「そっか」
そこから先の言葉はなかった。
これは何を求めているんだ?
もしかして話を終わりたいってことか?
考えれば考えるほどわからなくなる。
雪落 慶永26歳。
俺は一か八かの勝負に出た。
「俺の好きな人は……いま隣にいる人」
言ってしまった。
時期尚早だったのだうか。
せめて年が明けるまで温めるべきだったのだろうか。
「……」
2度目の沈黙は果てしなく続く宇宙の如く長く感じた。
冗談だよって言えば逃れられるかもしれない。
でも言えなかった。
いや、言わなかった。
彼女の返事が欲しかったから。
「……私でいいと?」
待っていた言葉の中で最上級のものが返ってきた。
「他の人じゃ幸せにしたいって思えない」
「本当に?」
「本当に」
こうして、彼女とはじめて出会ったこの場所で俺たちは付き合うことになった。