スノードロップと紫苑の花
🍦

東狐姐さんのお店でトリートメントしてもらった後、駅前に戻ると彼が待っていた。

代官山の駅前にあるジェラート専門店。

地元糸島のあまおうやオレンジ、桃を使ったジェラートを2人でベンチに座って食べる。

今日は久しぶりのデート。

旅行に行った以来、なかなか予定が合わなかった。

電車に乗って向かったのは中目黒。

お花見の名所、目黒川には多くの人が桜を見に訪れている。

駅前にあるドーナツ屋さんには何時間待ちだろうというくらいの行列ができていて、それを横目に目黒川沿いのカフェでまったりする。

写真を撮る彼の表情も最初のころにくらべてナチュラルになってきた。

一緒に変顔したりたまに目を瞑っていたりと、それは恋人というよりも仲の良い友達にも思えた。

ディナーは二択で迷った。

「焼肉と焼鳥どっちが良い?」

彼の質問にめちゃくちゃ迷った。

どっちも大好きだしすっごくお腹が空いている。

ネットで食事の写真や店内の雰囲気を見たらさらに迷った。

なかなか決められずにいると、

「じゃあゲームで決めよう」

まるで子供のような表情で爽やかにそう言う。

「ゲーム?」

「そう、110ゲーム」

「ヒャクジュウゲーム?」

彼が財布から100円と10円を1枚ずつ取り出し、

「紫苑が勝ったら焼肉で、俺が勝ったら焼鳥な。じゃあ目(つぶ)って手ひらいて」

「何すると?」

「いいからいいから」

人の不安をよそに楽しそうな彼は何の説明もなく謎のゲームをはじめる。

言われるがまま目を瞑って両手を開き、彼の前に出す。

両手に冷たい感触がした。

そのひんやりしたものが何かわからず一瞬ピクッとなった。

彼が私の両手を包むようにパーからグーにした後、目開けていいよと言ったので、言われるがまま素直に目を開けた。

「問題です。右手と左手どちらに100円が入っているでしょう?」

えっ?何その問題?

「わからんし」

「直感でいいから」

「じゃあ右?」

「手開いてみて」

右手には10円が入っていた。

100円は左手だった。

「じゃあ俺の勝ちね、焼鳥食べよう」

「こんなんわからんし」

「100円と10円は直径0.9ミリしか違わないし、厚みも0.2ミリしか変わらない。重さに関しては0.3グラムしか変わらないからね。ちなみにお札は横の長さが違うだけで縦の長さはどれも同じなんだよ」

そんなことわかるわけがないし、何よりこのゲームめちゃくちゃつまらなかった。

「本当は焼肉が食べたかった?」

「そんなことないけど」

「じゃあ焼鳥な、行こう」

この人たまに強引で子供っぽい。

お店は満席だった。

店員さんによるとたまたまキャンセルが入ったタイミングだったらしいけれど、もし入らなかったらどうするつもりだったんだろう?

焼鳥屋さんはいっぱいあるし、ぶっちゃけお腹いっぱい美味しいものを食べられれば何でも良いのも事実。

珍しくお店の予約をしていなかったみたいだったからちょっと驚いた。

デートのときは必ずと言っていいほど予約をしておいてくれる。

こんなことはじめてかも。

カウンターに座り、焼鳥とワインを(たしな)んだ。

帰るにはちょっとだけ時間があったので目の前の本屋で時間を潰すことにした。

彼は見かけによらず小説が好きで、休みの日は色々なジャンルを読むみたい。

以前彼の家に泊まったときにちょっとだけ読ませてもらったことがあるけれど、文字ばかりですぐ眠くなっちゃうし、難しい言葉が多すぎて全然言葉が入ってこなかった。

やっぱり私はマンガや動画の方が好き。

会計を済ませた彼がやってきた。

「何買ったと?」

宇山 佳佑(うやま けいすけ)さんの新作」

本の表紙を見せながら自慢気に言ってきた。

「その人知っとる。ネトフリで観たことあるけど面白かった」

「『桜のような僕の恋人』っしょ?あれマジで良かったよね!」

「そう、それ!切なくてばり泣いた」

「個人的に1番好きなのは『恋雨(こいあめ)』だけどな」

「恋雨?」

「そう恋雨。『この恋は世界でいちばん美しい雨』って作品めちゃくちゃ面白かった。やっぱ雨は命に匹敵するくらい儚いよな」

その独特な感性は理解できなかった。

久しぶりのデートは楽しかった。

同じ時間を共有し、手をつなぎ、キスをする。

彼との時間はアイスのように甘くとろけるような瞬間。

それだけで幸せだった。

幸せすぎて怖くなった。
< 29 / 51 >

この作品をシェア

pagetop