スノードロップと紫苑の花
🍦
ここはどこだろう?
広くて暗くて少し不気味な踊り場に立っていた。
右上には長い階段があり、左下には段差の急な階段がある。
そして背後にはこの空間にそぐわない威圧感と圧迫感の大きな壁が聳え立っていた。
どっちに行くか迷っていたとき、ソルトーさんに出会った。
自己紹介もせず出会って早々私に見せてきた不思議な映像。
ーこれ、私?
お通夜に並ぶ多くの人。
真ん中には破顔した私の遺影があり、その周りには喪服姿の家族や親族がいた。
あれは、東狐姐さん。
その前には2人のお子さんたちの姿が見える。
姐さんはハンカチで口元を抑えながら泣くのを堪えていたけれど、子供たちは空気など関係ないかのように戯れ合っている。
すぐ近くにはクラスメイトやKAWAHARAのメンバーも集まっている。
そこに1人見たことのある男性がいた。
あの人ってたしか……新宿のレストランにいた酒匂さん。
里帆っちの腕の中には小さな嬰児が静かに眠っていて、泣きじゃくる彼女の背中を優しく摩っている。
そっか、この子は2人の子なんだ。
里帆っち、赤ちゃん産んでいたんだね。
でも一番驚いたのはお姉ちゃん。
長年一緒にいたけれど、こんなに泣く姿は見たことがない。
過呼吸になるほどボロボロと泣いている。
みんな洪水のように滂沱しながら私の好きだった曲を挽歌として歌ってくれている。
私が一番好きだった曲、知ってくれていたんだ。
その気持ちが嬉しくて貰い泣きしそうになる。
私、死んじゃったんだ。
もう会うことはできない。
会いたいと思う人がいてもその想いが通じることはない。
「お主はこの先のバウンダリー・フォグを抜けなさい」
煉獄で立ちすくむ私にプルトーさんはそう言った。
はじめて会った人の意味不明な言葉をなぜ素直に信じたのかは自分でもわからない。
でも、きっと良いことが待っている。
少なくともマイナスにはならない。
根拠はないけれどそんな気がした。
「そこのマグマで心身を浄化するんじゃ」
その言葉に淀みを感じることはなく、何かに導かれるように素直に飛び込んだ。
熱いとか痛いとかの感覚よりも何かが浄化されていく感覚だった。
ー気がつくと濃霧の前に立っていた。
これがバウンダリー・フォグ?
霧の境界ということはこの先に何かがあるということ?
後ろを振り向くと、さっきまでいた踊り場が見える。
どうやって渡ってきたかなんて見当もつかないけれど、戻る道はなかった。
霧の境界を抜けた先には工場のようなものがあった。
その中はやけに広い。
空港のターミナルほどの広さを誇るそこには無数の棺桶が綺麗に並べられていて、無表情に動き回るスタッフらしき人たちが淡々と作業をしている。
いまとなってわかったことだけれど、彼らは涅槃師候補(生前に罪を犯したものが改悛し、そのまま亡くなったものにのみ与えられる贖罪の権利を得た存在)を涅槃師にすべく開発されたオートマトンたち。
適したものは正式な涅槃師となり、縁国に送られ、適さないものは棺桶から出ることなくそのまま地獄へ堕とされる。
マグマに焼かれた際に生前の罪を燃やし尽くし、改悛できるかどうかで決まるらしい。
そういえばこの前、先輩の涅槃師にこんなこと言われたっけ。
「きみも煉獄の炎に焼かれてきたんだろ?あれめっちゃあっちいよな。実際はほんの数秒らしいけど、体感は何十分にも感じるくらい熱かった。あのときに雑念や邪念があったり、改悛への強い意識がないとそのまま地獄へ堕ちることもあるらしいぞ」
そうだったんだ。
身体が焼かれているときは熱くて何も考えられなかったけれど、彼に対する贖罪の意識は煉獄でも抱き続けていたのは間違いない。
ーこうして涅槃師になってから多くの人を担当して浄化させてきた。
私たちは対象者の魂を浄化させるために存在する元人間。
生前の名前を名乗ることは禁じられ、公私混同することも禁じられた。
しかし、これが彼ともう一度会うための唯一の道。
大好きだった人を殺してしまった罪は二度と消えることはない。
それでも会いたいと願ってしまう。
もう一度だけ彼の声を聞きたい。
笑顔を見たい。
ううん、横顔を見られるだけでいい。
だって彼は私のことを恨んでいるから。
未来を奪った私に会う資格なんてないのに……
ここはどこだろう?
広くて暗くて少し不気味な踊り場に立っていた。
右上には長い階段があり、左下には段差の急な階段がある。
そして背後にはこの空間にそぐわない威圧感と圧迫感の大きな壁が聳え立っていた。
どっちに行くか迷っていたとき、ソルトーさんに出会った。
自己紹介もせず出会って早々私に見せてきた不思議な映像。
ーこれ、私?
お通夜に並ぶ多くの人。
真ん中には破顔した私の遺影があり、その周りには喪服姿の家族や親族がいた。
あれは、東狐姐さん。
その前には2人のお子さんたちの姿が見える。
姐さんはハンカチで口元を抑えながら泣くのを堪えていたけれど、子供たちは空気など関係ないかのように戯れ合っている。
すぐ近くにはクラスメイトやKAWAHARAのメンバーも集まっている。
そこに1人見たことのある男性がいた。
あの人ってたしか……新宿のレストランにいた酒匂さん。
里帆っちの腕の中には小さな嬰児が静かに眠っていて、泣きじゃくる彼女の背中を優しく摩っている。
そっか、この子は2人の子なんだ。
里帆っち、赤ちゃん産んでいたんだね。
でも一番驚いたのはお姉ちゃん。
長年一緒にいたけれど、こんなに泣く姿は見たことがない。
過呼吸になるほどボロボロと泣いている。
みんな洪水のように滂沱しながら私の好きだった曲を挽歌として歌ってくれている。
私が一番好きだった曲、知ってくれていたんだ。
その気持ちが嬉しくて貰い泣きしそうになる。
私、死んじゃったんだ。
もう会うことはできない。
会いたいと思う人がいてもその想いが通じることはない。
「お主はこの先のバウンダリー・フォグを抜けなさい」
煉獄で立ちすくむ私にプルトーさんはそう言った。
はじめて会った人の意味不明な言葉をなぜ素直に信じたのかは自分でもわからない。
でも、きっと良いことが待っている。
少なくともマイナスにはならない。
根拠はないけれどそんな気がした。
「そこのマグマで心身を浄化するんじゃ」
その言葉に淀みを感じることはなく、何かに導かれるように素直に飛び込んだ。
熱いとか痛いとかの感覚よりも何かが浄化されていく感覚だった。
ー気がつくと濃霧の前に立っていた。
これがバウンダリー・フォグ?
霧の境界ということはこの先に何かがあるということ?
後ろを振り向くと、さっきまでいた踊り場が見える。
どうやって渡ってきたかなんて見当もつかないけれど、戻る道はなかった。
霧の境界を抜けた先には工場のようなものがあった。
その中はやけに広い。
空港のターミナルほどの広さを誇るそこには無数の棺桶が綺麗に並べられていて、無表情に動き回るスタッフらしき人たちが淡々と作業をしている。
いまとなってわかったことだけれど、彼らは涅槃師候補(生前に罪を犯したものが改悛し、そのまま亡くなったものにのみ与えられる贖罪の権利を得た存在)を涅槃師にすべく開発されたオートマトンたち。
適したものは正式な涅槃師となり、縁国に送られ、適さないものは棺桶から出ることなくそのまま地獄へ堕とされる。
マグマに焼かれた際に生前の罪を燃やし尽くし、改悛できるかどうかで決まるらしい。
そういえばこの前、先輩の涅槃師にこんなこと言われたっけ。
「きみも煉獄の炎に焼かれてきたんだろ?あれめっちゃあっちいよな。実際はほんの数秒らしいけど、体感は何十分にも感じるくらい熱かった。あのときに雑念や邪念があったり、改悛への強い意識がないとそのまま地獄へ堕ちることもあるらしいぞ」
そうだったんだ。
身体が焼かれているときは熱くて何も考えられなかったけれど、彼に対する贖罪の意識は煉獄でも抱き続けていたのは間違いない。
ーこうして涅槃師になってから多くの人を担当して浄化させてきた。
私たちは対象者の魂を浄化させるために存在する元人間。
生前の名前を名乗ることは禁じられ、公私混同することも禁じられた。
しかし、これが彼ともう一度会うための唯一の道。
大好きだった人を殺してしまった罪は二度と消えることはない。
それでも会いたいと願ってしまう。
もう一度だけ彼の声を聞きたい。
笑顔を見たい。
ううん、横顔を見られるだけでいい。
だって彼は私のことを恨んでいるから。
未来を奪った私に会う資格なんてないのに……