スノードロップと紫苑の花
ー保育園からの帰り道、母親と一緒に青信号の横断歩道を渡っていたなづなちゃんは、信号が点滅したため駆け足で渡ろうとしていた。そこを曲がってきたトラックに轢かれてそのまま亡くなったそうだ。
「ねぇママ、はやくおうちにかえってアニメみようよ」
なづなちゃんはいますぐにでも飛びつきそうな勢いで身を乗り出しながら母親に話しかけている。
一方の母親はまだ状況を理解しきれていないようで、何度も目を擦りながらなづなちゃんの顔を確認している。
「ママ、なんでしゃべらないの?ぐあいでもわるいの?」
「あのとき、ママがなづなの手を繋いでいたら……なづなを先に行かせなければ……」
母親は臍を噛むように慟哭している。
「ママどうしたの?なんでないてるの?」
幼いなづなちゃんにはこの状況を理解するのは難しい。
落ちゆく泪を堪えながら母親が質問する。
「なっちゃん、そこはどこ?」
「ん〜とね、よくわかんない。あおいおそらとしろいくもがあってきれいだよ」
それを聞いた母親はさらに泣いている。
目元は赤く腫れ上がっていた。
「ごめんね、ママもうなっちゃんには会えないの」
母親は両手で顔を隠しながら激しく泣いている。
「どうして?やだ、やだ。ママにあいたい」
首をブルブルと横に振りながら駄々をこねるその姿に俺は居ても立ってもいられなくなった。
水晶から少し離れた場所で見守っているアキレアのもとへと向かう。
「アキレア、どうしてなづなちゃんに説明しないんだ?夭折したことはいま言うのがベストだろ」
「お母さんはまだ生きてるの。この世界のことはどんな理由があっても外へ漏らしちゃいけない。だからお母さんが映っている限り私たちが介入することは許されない」
たしかに生前はこんな世界があるなんて知らなかったさは、最初は夢か何かだと思っていた。いまここで俺たちが出ていって説明したところで逆に話がややこしくなるだけ。
しかし、こんな非情なことがあっていいのか。
母親が溢れ出る泪を何度も何度も拭いながら決心した様子で、
「なっちゃん、元気でね」
その言葉と同時に、光輝いていた水晶はただの石になっていた。
急に姿が見えなくなった母親に動揺したなづなちゃんが目に大粒の泪を溜めながら、石をドンドンと叩き続ける。
「ママ、ママ、どこにいるの?ねぇ、ママー‼︎」
本当に最期の別れだとは知らずに金切声の如く泣き続ける。
泣き止むのを待ち、アキレアがなづなちゃんに優しく話しかける。
「なづなちゃん、ここは雲の上の世界なの?」
「くものうえ?」
訝しげな表情のなづなちゃん。
「ここはね、特別な人だけが来られる夢の国なの」
言葉の意味を理解できない様子でいる。
「もうママにはあえないの?」
「良い子にしていればきっと会えるよ」
少しの沈黙の後、言葉を選ぶように笑顔で答えた。
「ほんと?」
「えぇ、本当よ」
「うん、わかった。なづな、いいこにしてる」
アキレアが頭を撫でてあげると、なづなちゃんは笑顔のまま静かに消えていった。
もう一度会いたいという親子の強い思いが、なづなちゃんの浄化に結びつけてくれたのかもしれない。
「なんか、ごめんね」
アキレアに急に謝られたがピンとこなかった。
「何が?」
「本当はこの世界のことを見せるだけのつもりだったの。まさか貴重な1日を差し出してくれるなんて思わなくて」
1日を差し出すという感覚が正直わからなかった。
きっと寿命のようなものなのだろうけれど、とくに身体に影響は感じていないし、あの状況で見過ごすなんて真似はできなかった。
おかげでなづなちゃんもお母さんも報われた。
俺の左手の数字は“6”になっていた。
「ねぇママ、はやくおうちにかえってアニメみようよ」
なづなちゃんはいますぐにでも飛びつきそうな勢いで身を乗り出しながら母親に話しかけている。
一方の母親はまだ状況を理解しきれていないようで、何度も目を擦りながらなづなちゃんの顔を確認している。
「ママ、なんでしゃべらないの?ぐあいでもわるいの?」
「あのとき、ママがなづなの手を繋いでいたら……なづなを先に行かせなければ……」
母親は臍を噛むように慟哭している。
「ママどうしたの?なんでないてるの?」
幼いなづなちゃんにはこの状況を理解するのは難しい。
落ちゆく泪を堪えながら母親が質問する。
「なっちゃん、そこはどこ?」
「ん〜とね、よくわかんない。あおいおそらとしろいくもがあってきれいだよ」
それを聞いた母親はさらに泣いている。
目元は赤く腫れ上がっていた。
「ごめんね、ママもうなっちゃんには会えないの」
母親は両手で顔を隠しながら激しく泣いている。
「どうして?やだ、やだ。ママにあいたい」
首をブルブルと横に振りながら駄々をこねるその姿に俺は居ても立ってもいられなくなった。
水晶から少し離れた場所で見守っているアキレアのもとへと向かう。
「アキレア、どうしてなづなちゃんに説明しないんだ?夭折したことはいま言うのがベストだろ」
「お母さんはまだ生きてるの。この世界のことはどんな理由があっても外へ漏らしちゃいけない。だからお母さんが映っている限り私たちが介入することは許されない」
たしかに生前はこんな世界があるなんて知らなかったさは、最初は夢か何かだと思っていた。いまここで俺たちが出ていって説明したところで逆に話がややこしくなるだけ。
しかし、こんな非情なことがあっていいのか。
母親が溢れ出る泪を何度も何度も拭いながら決心した様子で、
「なっちゃん、元気でね」
その言葉と同時に、光輝いていた水晶はただの石になっていた。
急に姿が見えなくなった母親に動揺したなづなちゃんが目に大粒の泪を溜めながら、石をドンドンと叩き続ける。
「ママ、ママ、どこにいるの?ねぇ、ママー‼︎」
本当に最期の別れだとは知らずに金切声の如く泣き続ける。
泣き止むのを待ち、アキレアがなづなちゃんに優しく話しかける。
「なづなちゃん、ここは雲の上の世界なの?」
「くものうえ?」
訝しげな表情のなづなちゃん。
「ここはね、特別な人だけが来られる夢の国なの」
言葉の意味を理解できない様子でいる。
「もうママにはあえないの?」
「良い子にしていればきっと会えるよ」
少しの沈黙の後、言葉を選ぶように笑顔で答えた。
「ほんと?」
「えぇ、本当よ」
「うん、わかった。なづな、いいこにしてる」
アキレアが頭を撫でてあげると、なづなちゃんは笑顔のまま静かに消えていった。
もう一度会いたいという親子の強い思いが、なづなちゃんの浄化に結びつけてくれたのかもしれない。
「なんか、ごめんね」
アキレアに急に謝られたがピンとこなかった。
「何が?」
「本当はこの世界のことを見せるだけのつもりだったの。まさか貴重な1日を差し出してくれるなんて思わなくて」
1日を差し出すという感覚が正直わからなかった。
きっと寿命のようなものなのだろうけれど、とくに身体に影響は感じていないし、あの状況で見過ごすなんて真似はできなかった。
おかげでなづなちゃんもお母さんも報われた。
俺の左手の数字は“6”になっていた。