捨てられ傷心秘書だったのに、敏腕社長の滾る恋情で愛され妻になりました【憧れシンデレラシリーズ】
プロローグ
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【退職願】と書かれた封筒を差し出し、デスクに置いた。

 いつかはこんな日がくるかもしれないと思っていた。しかし現実になると胸に迫るものがある。

 改めて自分はこの秘書という仕事が、そしてこの会社が好きだったんだと実感した。

 感傷的な気持ちを抑えながら私、船戸美涼(ふなとみすず)は封筒から相手の顔に視線を移す。

 私が勤める業界最大手の『箕島(みのしま)商事株式会社』は八万人以上の従業員をかかえ、年間売上は十兆円を超える。世界中で様々なサービスを展開し、扱っていない商品はないとまで巷では言われている。

 その大企業の社長、箕島要(かなめ)。三十五歳。

 目の前に座る彼は百八十センチを超える長身にぴたりとフィットした、オーダーメイドのスーツを着ている。さらりと流れる艶のある黒髪を整え、意志の強さを感じさせる黒い瞳に高い鼻梁、形のいい唇を持つ。

 なにもかもが完璧――そう言い切れるほどの美男子だ。

 いつもは冷静に状況を判断する切れ者だが、時折見せる笑みがいやが応でも人を惹きつける。

 誰もが〝いい男〟と口をそろえて称賛する人、それが私の上司だ。

 彼の秘書として過ごした約三年間。理想の上司のもとで思い切り仕事ができた。

 いや、本音を言うならまだまだ一緒に仕事がしたかった。しかしいつまでも退職することを黙っているわけにはいかない。彼に一番迷惑がかかってしまうから。

 ちらりと封筒を見た彼が、顔を上げて私に視線を向けた。

「結婚か?」

 彼がそう言うのも無理はない。私には三年間付き合っていた恋人がいて結婚秒読みだった。――そう〝だった〟のだ。

 しかし事情を知らない社長は話を続ける。

「結婚しても無理のない範囲で仕事を続けてもらえるとありがたいんだが」

「いえ、あの……結婚がダメになったので辞めなきゃいけないんです」

「どういうことだ?」

 疑問に思うのも頷ける。普通は結婚がダメになったなら、今まで通り働き続ける人の方が多いのだから。

「実は……両親に結婚しないなら地元に帰ってこいと言われていまして、東京にいられなくなりました」

 理由を話すと、社長は無言で口元にこぶしをあててなにか考えている。

「急な申し出でご迷惑をおかけします」

 頭を下げる私に、彼ははっきりと言った。

「あぁ、本当に迷惑だ。お前がいなくなるのは困る」

 顔を上げると、社長が退職願を手にしているのが見える。

「困るから、船戸」

「はい」

 私は社長の顔をまっすぐ見た。

「俺と結婚しろ」

「はい?」

 語尾が上がり、マヌケな声が出た。上司にする言葉遣いでないのはわかっているが、許してほしい。緊急事態だ。

「あの、私の聞き間違いでしょうか? 今なんとおっしゃいましたか?」


「お前は俺と結婚する。だからこんな不愉快なもの必要ない」

 そう言ったかと思うと、社長は私の目の前で退職願をびりびりと破いてみせた。

 そしてこんな状況だというのに見とれてしまうほど極上の笑みを浮かべて言った。

「代わりに婚姻届を持ってこい」

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