捨てられ傷心秘書だったのに、敏腕社長の滾る恋情で愛され妻になりました【憧れシンデレラシリーズ】
第一章 業務命令は結婚?
第一章 業務命令は結婚?
遡ること二週間前。新年を迎えのんびりしていた雰囲気が少々薄れてきた一月中旬。
私は中学時代からの親友である御坊千里(ごぼうちさと)と創作料理が美味しい居酒屋にいた。この後この店で行われる、地元・香川(かがわ)から上京したメンバーの飲み会に参加するためだ。少し早い時間に来て、ふたりで話し込んでいた。
「えー! 雅(まさ)也(や)くんと別れたの? だって今年実家に挨拶に行くって言ってたじゃない」
「しー声が大きいっ」
千里は慌てて口を押さえて、「ごめん」と頭を下げた。
顔を上げずに、ちらっとこちらの様子をうかがう彼女は、明るい性格でいつも私を助けてくれていた。
昔から変わらないボブカットヘアがトレードマークだ。キリッとした顔立ちで、かわいらしさよりも凛々しさが目立つ。
何事にも物怖じしない性格をいつも羨ましく思っていた。しかし恋愛になると夢見がちなところもあり、そのギャップもまた彼女の魅力のひとつだ。
おしゃれや流行に敏感で、いつも買い物に付き合ってもらっている。無難なものを選ぶ私と違って流行を上手に取り入れた服装やメイクは華があり、髪もネイルもいつもとても綺麗に手入れされていた。
片や私はといえば、毎朝格闘しなくてはいけない栗色のくせ毛に、丸い目、けっして高くはない鼻、小さい口。色が白いせいか、頬の赤みが目立つ。冬の寒い日なんかは林檎のように赤くなり、童顔に拍車がかかって中学生くらいに見える。
昔、太っていた時期があったので体重管理はしているが、だからといってスタイルがいいわけではない。嫌なことは内にため込むタイプのくせに、頑固な性格。面倒だと自覚している。
あべこべなふたりだけれど、お互いを唯一無二の親友だと思っている。
雅也と付き合う前から、色々と相談にのってくれていた彼女にはきちんと自分の口で報告したかった。
「向こうから、別れてほしいって。はっきりとは言わなかったけれど、他に好きな人ができたみたい」
雅也からちゃんとしたプロポーズをされていたわけではない。ただ『そろそろけじめをつけようか』という話をしていた。自分たちの仲は順調だと思い込んでいた。
三年間付き合っていた彼に別れを告げられたのは、クリスマスイブ三日前だった。イブに会う約束の時間を決めようと電話をかけた時に、別れを切り出された。その時私の目の前には彼へのプレゼントがあったのに、なんて皮肉なんだろう。
「それですんなり『はい、わかりました』って別れたの? しかも電話で!?」
「うん、だって。仕方ないじゃない、向こうにはもう新しい相手がいるみたいだし」
私の言葉に千里はあきれ顔だ。
「なんでそこですぐに身を引くかなぁ。ちょっとは縋りついて泣いたりした?」
「泣いたわよ……縋りつかなかったけど」
結婚を目前に振られたのだ。もちろん傷ついたし、涙した。けれどそこで雅也に縋りついてなんになるというのだろうか。彼を困らせたところで、元に戻るわけでも私の気持ちが晴れるわけでもない。
「そういうところ、本当にドライだよね」
「そうなの、かな?」
結構ちゃんと悲しかったんだけどな。悲しみの度合いも表現の仕方も人によって違いがある。私はどちらかというとそれを表現するのが下手なだけだと思うのだけど。
苦笑いを浮かべる私に、千里はそれ以上追及してこなかった。
「そっかぁ。じゃあ飲み会とか積極的に誘うね。新しい出会いを求めなきゃ」
明るく前向きに誘ってくれる千里に、私は首を横に振った。
「ごめん、申し訳ないけど出会いは必要ないかな」
「えー、たった一回の失恋で?」
私にとってはたった一回と呼べるほど軽い失恋ではなかった。私の人生を左右するものだったのだ。