ファザー☆コンプレックス〜父親は妖精王?!〜
麗良が学校に着くと、校庭はいつもの土肌を見せ、教室も綺麗に元の姿へと戻っていた。花びら一枚見あたらない。
まるで昨日の出来事など初めからなかったかのようだ。
麗良がいつもどおりにクラスメイトと挨拶を交わしながら席に着くと、ふわりと花の匂いがした。残り香だろうか。ほんの少しもったいなかったかな、と昨日の光景を思い出し、同時に浮かんだ黒い悪魔の姿を脳裏から追い出すように首を振った。今、あの人のことは考えたくない。
麗良が鞄から取り出した教科書類を机の中へ入れると、何か柔らかいものが入っていることに気付いた。取り出してみると、それは小さな花束だった。
ピンク色のガーベラに、マーガレット、カスミソウ。
しかも《愛しいレイラへ、パパより愛を込めて》と手書きされたメッセージカード付きだ。
数分前に置き去りにした筈なのに、いつの間に先回りして用意したのだろうか。
半ば呆れながらも不思議に思って花束を見つめていると、隣の席にいた女生徒がそれに気付いた。
「わあ、可愛いブーケ。それ、誰かにもらったの?」
「えっと、これは……うちの庭に咲いていた花を持ってきたの。
良かったらもらって」
「え、いいの? うわぁー可愛い。
ありがとう。上手ねぇ」
麗良は花束だけを渡すと、彼女に見られないようにカードをそっとポケットに入れた。
「華道部って、こんな可愛いこともしてるのね」
花束から顔を上げた女生徒は、合点のいかない麗良の顔を見て、あれ、という顔をした。
「華道部に入ってるんじゃなかったっけ」
麗良が首を横に振る。
「私、クラブ活動はしていないの」
えー嘘っ、と大きな声を出す彼女に、教室にいた他の生徒達の視線が集まる。彼女は、慌てて、ごめんね、と声のトーンを落として言った。
「ほら、花園さんの家って、あの有名な華道の家元でしょう。
私てっきりそうだと思ってたわ」
でも、どうして、と無邪気に尋ねてくるクラスメイトに、麗良は人形のような笑顔で答えた。
「私、花道家って大嫌いなの」
午前中は、何事もなく過ぎていった。
不思議なことに、生徒の誰一人として昨日の話題を口にする者はいなかった。
教師ですら何の説明もなく授業を進めていく。
まるで本当に昨日のことは夢であったかのようだ。
お昼休みになり、皆が持参したお弁当を開いたり、食堂へ行くなどして各々の昼食をとり始めると、麗良は、お弁当を家に忘れてきたことに気付いた。
(朝あのまま出てきたから……依子さんに悪いことしちゃったなぁ)
仕方がないので財布を手に食堂へ向かおうとした時、廊下から黄色い声が聞こえてきた。何事かと麗良が声のした方を向くと、数メートル先の廊下に女生徒たちが輪になって群がっているのが見えた。
その中心には、頭二つ分以上飛び出したラムファがいた。
「な、な、な、なっ……」
ラムファは、麗良に気が付くと、満面の笑みを浮かべて手を振った。
「やあ、レイラ。お弁当を忘れていっただろう。はい、これ」
麗良の方へと弁当を突き出すラムファから、女生徒たちが麗良へと視線を移す。
その目には、好奇心と嫉妬が入り交じっている。
どうやら女学園の女生徒たちにとって、ラムファの異国風な容姿はウケが良いらしい。
ラムファは、周りを囲っていた女生徒たちに道を空けてくれるよう優しく促すと、他人のフリをしようする麗良の必死の努力に気付くことなく麗良の目の前まで近付き、お弁当を手に握らせた。
そのまま固まって動くことのできない麗良の耳元にそっと口を近づけ、優しく囁く。
「もう一つ、私からの贈り物だよ」
麗良は、嫌な予感がした。
「きゃあ! 何アレ⁈」
女生徒の叫び声に皆が窓の外を注視した。麗良もつられて窓の外へと目をやった。一見、普段と変わらない裏庭に見えたが、やけに視界が暗い。
そこで窓際に近寄り視点を少し遠くへ延ばしてみると、狭い裏庭の向こうに、道路を一本挟んであるバラ園から緑色の山が生えていた。
もちろん、元々バラ園に山などある筈がない。
見上げると、山頂が校舎よりも高いところにある。
しかも、風が吹くのに合わせて表面がぷるぷると震えている。
「君の好きな抹茶プリンを作ってみたんだ。
食べたことのないものは作れないからね。
試食するお店探しに手間取ってしまったけど、昼食のデザートに間に合って良かった。
我が国特産で高級品の万華蜜をたっぷりかけてある。
さあ、好きなだけお食べ」
確かに言われて見ると、光沢のある山肌は、プリンのそれと似ている。
風が吹くと、ぽよぽよと揺れる弾力性も食欲をそそるものがある。
しかし、麗良の頭には、全く別のことがあった。
「…………バラ園は」
え、とラムファが聞き返す。
「バラ園の薔薇たちは、どうしたの。
まさかあの山の下敷きにしたって言うんじゃないでしょうね」
とんでもない、とラムファは首を大きく横に振った。
「この私が、そんなひどいことをする筈ないだろう。
大丈夫。薔薇たちには、ほんの少しの間だけ、別の場所に移ってもらっているから」
だから安心してプリンを堪能しておくれ、と麗良の顔を覗き込むラムファに、麗良は思い切り頭突きを食らわせた。
その後、教員と警備員によってラムファは連れ去られ、麗良は教室でお弁当を食べた。もちろん、デザートはない。
また授業が中断されるかと思ったが、お昼休みが終わる頃になると、窓の外から抹茶プリンは消えていた。
麗良も教師から特に何か詰問されることなく、午後の授業開始の鐘が鳴る。
麗良は、何も見なかったことにした。
しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。
まるで昨日の出来事など初めからなかったかのようだ。
麗良がいつもどおりにクラスメイトと挨拶を交わしながら席に着くと、ふわりと花の匂いがした。残り香だろうか。ほんの少しもったいなかったかな、と昨日の光景を思い出し、同時に浮かんだ黒い悪魔の姿を脳裏から追い出すように首を振った。今、あの人のことは考えたくない。
麗良が鞄から取り出した教科書類を机の中へ入れると、何か柔らかいものが入っていることに気付いた。取り出してみると、それは小さな花束だった。
ピンク色のガーベラに、マーガレット、カスミソウ。
しかも《愛しいレイラへ、パパより愛を込めて》と手書きされたメッセージカード付きだ。
数分前に置き去りにした筈なのに、いつの間に先回りして用意したのだろうか。
半ば呆れながらも不思議に思って花束を見つめていると、隣の席にいた女生徒がそれに気付いた。
「わあ、可愛いブーケ。それ、誰かにもらったの?」
「えっと、これは……うちの庭に咲いていた花を持ってきたの。
良かったらもらって」
「え、いいの? うわぁー可愛い。
ありがとう。上手ねぇ」
麗良は花束だけを渡すと、彼女に見られないようにカードをそっとポケットに入れた。
「華道部って、こんな可愛いこともしてるのね」
花束から顔を上げた女生徒は、合点のいかない麗良の顔を見て、あれ、という顔をした。
「華道部に入ってるんじゃなかったっけ」
麗良が首を横に振る。
「私、クラブ活動はしていないの」
えー嘘っ、と大きな声を出す彼女に、教室にいた他の生徒達の視線が集まる。彼女は、慌てて、ごめんね、と声のトーンを落として言った。
「ほら、花園さんの家って、あの有名な華道の家元でしょう。
私てっきりそうだと思ってたわ」
でも、どうして、と無邪気に尋ねてくるクラスメイトに、麗良は人形のような笑顔で答えた。
「私、花道家って大嫌いなの」
午前中は、何事もなく過ぎていった。
不思議なことに、生徒の誰一人として昨日の話題を口にする者はいなかった。
教師ですら何の説明もなく授業を進めていく。
まるで本当に昨日のことは夢であったかのようだ。
お昼休みになり、皆が持参したお弁当を開いたり、食堂へ行くなどして各々の昼食をとり始めると、麗良は、お弁当を家に忘れてきたことに気付いた。
(朝あのまま出てきたから……依子さんに悪いことしちゃったなぁ)
仕方がないので財布を手に食堂へ向かおうとした時、廊下から黄色い声が聞こえてきた。何事かと麗良が声のした方を向くと、数メートル先の廊下に女生徒たちが輪になって群がっているのが見えた。
その中心には、頭二つ分以上飛び出したラムファがいた。
「な、な、な、なっ……」
ラムファは、麗良に気が付くと、満面の笑みを浮かべて手を振った。
「やあ、レイラ。お弁当を忘れていっただろう。はい、これ」
麗良の方へと弁当を突き出すラムファから、女生徒たちが麗良へと視線を移す。
その目には、好奇心と嫉妬が入り交じっている。
どうやら女学園の女生徒たちにとって、ラムファの異国風な容姿はウケが良いらしい。
ラムファは、周りを囲っていた女生徒たちに道を空けてくれるよう優しく促すと、他人のフリをしようする麗良の必死の努力に気付くことなく麗良の目の前まで近付き、お弁当を手に握らせた。
そのまま固まって動くことのできない麗良の耳元にそっと口を近づけ、優しく囁く。
「もう一つ、私からの贈り物だよ」
麗良は、嫌な予感がした。
「きゃあ! 何アレ⁈」
女生徒の叫び声に皆が窓の外を注視した。麗良もつられて窓の外へと目をやった。一見、普段と変わらない裏庭に見えたが、やけに視界が暗い。
そこで窓際に近寄り視点を少し遠くへ延ばしてみると、狭い裏庭の向こうに、道路を一本挟んであるバラ園から緑色の山が生えていた。
もちろん、元々バラ園に山などある筈がない。
見上げると、山頂が校舎よりも高いところにある。
しかも、風が吹くのに合わせて表面がぷるぷると震えている。
「君の好きな抹茶プリンを作ってみたんだ。
食べたことのないものは作れないからね。
試食するお店探しに手間取ってしまったけど、昼食のデザートに間に合って良かった。
我が国特産で高級品の万華蜜をたっぷりかけてある。
さあ、好きなだけお食べ」
確かに言われて見ると、光沢のある山肌は、プリンのそれと似ている。
風が吹くと、ぽよぽよと揺れる弾力性も食欲をそそるものがある。
しかし、麗良の頭には、全く別のことがあった。
「…………バラ園は」
え、とラムファが聞き返す。
「バラ園の薔薇たちは、どうしたの。
まさかあの山の下敷きにしたって言うんじゃないでしょうね」
とんでもない、とラムファは首を大きく横に振った。
「この私が、そんなひどいことをする筈ないだろう。
大丈夫。薔薇たちには、ほんの少しの間だけ、別の場所に移ってもらっているから」
だから安心してプリンを堪能しておくれ、と麗良の顔を覗き込むラムファに、麗良は思い切り頭突きを食らわせた。
その後、教員と警備員によってラムファは連れ去られ、麗良は教室でお弁当を食べた。もちろん、デザートはない。
また授業が中断されるかと思ったが、お昼休みが終わる頃になると、窓の外から抹茶プリンは消えていた。
麗良も教師から特に何か詰問されることなく、午後の授業開始の鐘が鳴る。
麗良は、何も見なかったことにした。
しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。