私 ホームヘルパーです。
 私はと言うと、言われたとおりのレポートを書いて家へ帰ってきました。 掃除が中途半端なまま、、、。
「何処までやったっけ?」 思い出せないので最初からやります。
掃除機を引っ張りまわして部屋から部屋へ、、、。 バタバタしているだけのような気がする。
それでもなんとか終わらせると背伸びをして夕食作りに向かいます。 大学生の息子はまだまだ帰ってこないし、高校生の娘は部活。
旦那は仕事の帰りに飲んでくるからそんなに要らないし、、、って毎日こんな感じよねえ。
 たまにはみんな揃って外食したいわ。 ファミレスだってやってるんだからさあ。
って言うと「お前だけ行って来ればいいだろう?」って言うのよねえ。 愛情もくそも無いわ。
 ブツブツ言いながら今夜の煮物を作ってます。 食べるのは私くらいかな、、、。
何かねえ、すごーく寂しいのよ 我が家って。 ただ一緒に住んでるだけって感じ。
 そこへ娘の百合子が帰ってきました。 「お帰り。」
「、、、。」 「挨拶くらいしてよ。」
「ただいま。」 「もう、、、。」
何が忙しいのか、百合子はいつも考え事をしているようです。 それが何だかは分かりません。
あたしらが高校生だった時とは頭の仲が違うようですからねえ。 おばさんの悲哀。

 6時を過ぎて夕食が出来上がったころ、息子の信二も帰ってきました。 今夜はバイトも無さそうです。
珍しく三人で食べていると旦那も疲れた顔で帰ってきました。 「お帰りなさい。」
「お。」 旦那は短い返事をするとテーブルの前にドカッと座ってテレビに釘付けになりました。
こんな時は口を開くまで誰も声を掛けません。 秘密のルールです。
沈黙したままで夕食を食べていると「腹減ったな。」と旦那が一言。 (早く言えよ。 馬鹿。)
澄ました顔で私が夕食を並べると「美味そうだな。」と旦那が、、、。 (いつも飲んでるから分からないでしょうよ。)
言いたい文句をグッと飲み込んで笑って見せます。 旦那はそれでもテレビに夢中。
(この野郎 たまにはこっちを向いてよ。) 箸で頬を刺したくもなりますが、そこは我慢我慢。
 信二も百合子もさっさと食べ終わると部屋へ行ってしまいました。 静かな静かな夫婦の時間です。
夫はね、三つ年上なんです。 高校が入れ違いで、、、。
その年の3年生に紹介されて、付き合っていたら結婚しちゃったんですよ。 出来ちゃって。
そのままここまでやってきたんですねえ。 仲は良くも悪くもありません。
何でくっ付いてるのか分かりませんけど、、、。 余程に何かが良かったんでしょうねえ。
 百合子が生まれた後も夫は私を求めてきます。 寂しいのかなあ?
三人目を考えたことも有るけれど、仕事も忙しいからって諦めました。
 夫はね、建設会社の管理職なんです。 目立たないんですけど管理職なんです。
んで、百合子も高校生になったから私はホームヘルパーになりました。
いわば今はピカピカの1年生ですねえ。 ああ恥ずかしい。

 9時を過ぎたころ、風呂から上がってきた夫が私に言いました。 「寝ようか。」
こう言ってくる時は同じ布団でくっ付いて寝るんです。 若かったころみたい。
え? 今でも十分に若いだろうって?
そうねえ、でも20代の頃とは違うわよ。 絡むのも優しくなったしねえ。
素っ裸で寝てしまうのは今も変わらないけど、、、。 うーん、馬鹿。
 そんなわけで今夜も私たちは暑苦しいくらいに熱く愛し合うのでした。
朝になるとどちらからともなく飛び起きてシャワーを浴びるんです。 息子たちに気付かれないようにね。
でも、この間、、、「母さんたちさあ、激しいよねえ。」って信じに笑われてしまったわ。
ああ、ばれちゃってるのねえ? しょうがないか。
 んでもって別々に出発します。 夫が一番早いんです。
三人を見送ってから私も出勤です。 今日はどんな人かなあ?
最初はね、事務所に来てから出発するようにって言われてるの。 慣れてきたら直接行ってもいいんだけどね。
何をやるか分からないでしょう? だからさあ、先輩に教えてもらえってことね。
今日、教えてくれるのは、、、、澄江さんだ。 怖そうだなあ。
「武井さん 今日は一日よろしくねえ。」 「あ、はい。 よろしくお願いします。」
ペコっと頭を下げておく。 最初の印象が大事だから。
 公子さんは今日は留守番らしいな。 忙しそう。
「じゃあ、行きますよ 武井さん。」 「はい。」
「今日はずいぶんとおしとやかなのねえ?」 「いつもですけど、、、。」
「そうは見えないなあ。 飛んでる母ちゃんって感じだけど、、、。」 (やばい。 見抜かれてる。)
「最初は山下孝雄さん。 足が不自由な方なの。」 「分かりました。」
ってなわけで事務所から40分くらいかけて走ってきました。 ここは隣町。
うちの事務所ね、町の境に在るのよ。 だから隣町にもこうして出掛けるわけ。
車を降りたらグルリト一回り。 駐車場は建物の裏に在るから。
(表側に作ってほしいなあ。) そんなことを考えていたら澄江さんがポツリ。
「あたしらのことも考えてほしいわ。」って。 何のことだろう?
取り敢えず気にしないで中へ入ります。 老人マンションなんですねえ。
(人口も少ないのにこんなの作っちゃって大丈夫なのかなあ?) またまた浮かぬ顔をしていると、、、。
「儲けたいのはバカばっかりだからほっときなさい。」って。 確かにそうだよな。
 うちの旦那も頑張ってる割には儲けになってないような気がする。 商売が下手なだけかな?
まあいいか。
 4階の部屋に着きました。 ピンポーン。
ガチャっと音がしたので澄江さんがドアを開けます。 「勝手に開けてもいいんですか?」
「大丈夫。 ロックを外したのは山下さんだから。」 澄江さんはニコニコしながら奥の部屋へ、、、。
「こんにちはーーー。 ヘルパーですーーー。」 わざと大きな声で挨拶をする。
「びっくりさせるなあ! 死ぬやんか!」 山下さんまで大声で返してくる。
「こわ、、、。」 「大丈夫。 図体と声が大きいだけだから。」
澄江さんはそう言うと山下さんのベッドに近付いた。 「今日は新人さんが来てるからおとなしくしてな。」
「あんたもな。」 「私はいっつもおとなしいですわ。」

「何処がよ? ヤンキーさん。」 「誰がヤンキーやて?」
「あんたよ あんた。」 「まあ、失礼ねえ。」
 公子さんといい、澄江さんといい、慣れてきたらこうなるのかなあ? 私は初日から呆気に取られてばかりだ。
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