ミステリアスなイケメン俳優は秘密の妻と娘を一生離さない。


 地平監督は非常に緻密かつ繊細に人間の心情を描く。かと思えば、大胆な演出で人の感情を映し出したり、とにかく唯一無二の魅力を誇る映画監督だ。

 いつか監督の作品に出演することは、俺の夢であり一つの目標だった。
 そのチャンスに恵まれた。

 この作品で主演男優賞を受賞することができたなら、あかりと星來を迎えに行くこともできるのに――。


「陽生。」


 監督に呼ばれた。
 地平監督はほとんど笑わない。いつも鋭い眼光で役者を見ている。この人の前で嘘は通用しない。

 俺はある程度覚悟を決めて監督の元へ向かった。


「はい」

「お前、何を焦ってるんだ?」


 え…………。

 咄嗟に反応できなかった。


「焦ってるだろ?確かに今のシーンはカズキが追っていたのが弟のマサキだと知って焦るシーンだ。
でもカズキが抱くのは焦りだけじゃないはずだ。お前自身の焦りが出てるんだよ」

「……すみません」


 何も言い返せなかった。
 自分が情けない。今は「水野一希」という役に集中しなければいけないはずなのに、自分の私情を持ち込むなんてあってはならなかった。


「何を焦ってる?」


 監督はじ、と俺の目を見る。睨んでいるように感じて萎縮するが、恐らく監督にそのつもりはない、と思う。多分だけど。


< 144 / 195 >

この作品をシェア

pagetop