ミステリアスなイケメン俳優は秘密の妻と娘を一生離さない。
地平監督は非常に緻密かつ繊細に人間の心情を描く。かと思えば、大胆な演出で人の感情を映し出したり、とにかく唯一無二の魅力を誇る映画監督だ。
いつか監督の作品に出演することは、俺の夢であり一つの目標だった。
そのチャンスに恵まれた。
この作品で主演男優賞を受賞することができたなら、あかりと星來を迎えに行くこともできるのに――。
「陽生。」
監督に呼ばれた。
地平監督はほとんど笑わない。いつも鋭い眼光で役者を見ている。この人の前で嘘は通用しない。
俺はある程度覚悟を決めて監督の元へ向かった。
「はい」
「お前、何を焦ってるんだ?」
え…………。
咄嗟に反応できなかった。
「焦ってるだろ?確かに今のシーンはカズキが追っていたのが弟のマサキだと知って焦るシーンだ。
でもカズキが抱くのは焦りだけじゃないはずだ。お前自身の焦りが出てるんだよ」
「……すみません」
何も言い返せなかった。
自分が情けない。今は「水野一希」という役に集中しなければいけないはずなのに、自分の私情を持ち込むなんてあってはならなかった。
「何を焦ってる?」
監督はじ、と俺の目を見る。睨んでいるように感じて萎縮するが、恐らく監督にそのつもりはない、と思う。多分だけど。