ミステリアスなイケメン俳優は秘密の妻と娘を一生離さない。
少し涙声だったかもしれない。目も鼻も赤くなっていてきっとダサかったと思う。
「だが、今のお前は『水野一希』じゃない。役と本気で向き合えてない。陽生日華自身の焦りが出ちまってるんだよ。
何に焦ってるんだ?」
「……監督の仰る通り、自分は主役には向いていません」
何と思われようが、素直な気持ちを告白しようと思った。
「監督の作品に呼んでいただけて光栄でした。監督の作品に出ることが自分の夢であり、目標でした。
事務所も今回の出演を大いに喜んで背中を押してくれましたし、世間が注目しているのも耳に入ってきています。
この映画が成功すれば、自分は認めてもらえるかもしれない。そんな思いもありました」
監督は黙って聞いていた。喉はカラカラだった。
「これは個人的なことですが、自分には今どうしても成し遂げたいことがあり、この映画がそれに近づける勝負の一本でした。
そればかりに頭がいって、勝手に焦っていたのかもしれません。それこそ真に役と向き合えていませんでした」
それからもう一度深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」