孤高のエリート社長は契約花嫁への愛が溢れて止まらない
 ふと壱弥さんがホテルのビル一階に看板を構えたお店に足を向けた。ホテル内のレストランで食事をするのかと思ったけれど違ったらしい。

 地鶏と日本酒が売りらしいその居酒屋は間接照明が落ち着いた空間をつくりだしていて『大人の隠れ家』という言葉がぴったりだ。人気がありそうだけれどさすがにまだお客が少なく、私たちは広いテーブル席に通された。

 向き合って座ってから思った。

 そういえば、壱弥さんとふたりで外のお店で食べるのは初めてかもしれない。

 お品書きからおすすめメニューをいくつか注文し、運ばれてきたビールで乾杯する。

「めずらしいですね。こんな時間に夕ご飯を食べていくなんて」

 定時は過ぎたけれど壱弥さんには終業時刻なんて関係がないし、普段は夜遅くに帰宅して夕食は簡単なものですませているようだった。

「まあ、見学も兼ねてだけどな」

 見学? と思ったところでお通しが運ばれてきた。寒い日にぴったりの大根と鶏肉の炊き合わせは、出汁の優しさが冷えた体に染みわたる。ほおっと息をついていると、同じように小鉢に箸を伸ばしながら壱弥さんは思いがけないことを口にした。

「式は挙げたいか?」

「式?」

 なんのことか分からず聞き返すと、こちらを見ないまま続ける。

「結婚式。結婚指輪もまだなかったな」

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