そして、僕は2度目の恋をする。
そして、涼介は大切なものを失う。
妻が営業に替わって1か月が過ぎようとした頃、凌空から着信が来た。



「涼介さん、お疲れ様です。先に問い合わせがあってた奥様の件で御連絡しました」



(この時がついに来たか…)と、心の内にある恐怖を押し殺して質問する。



「ありがとう、で、どうだった?」



催促する涼介に凌空は少し沈黙して「よかったら今夜時間ありますか?内容を話す時間をもらいたいので...」少し曇った感じの凌空の返事に悪い方へ当たっていたことを悟る涼介。



「分かった、それなら19:00に○○町の居酒屋でどうだ?」涼介の問いに「分かりました、ただ、△△町の居酒屋がいいです。」と話す涼介に了解と返事をして電話を切った。





オフィス街が立ち並ぶ△△町の居酒屋で2人は落ち会った。



ジョッキと烏龍茶で乾杯をした後、雑談もそこそこに涼介は本題に入る。



「で、どうだった?」涼介の心臓は急スピードで高鳴る。しかし凌空は「すみません、まだ自分も知らないんです。」と肩透かしの答えが帰ってくる。



「実はこの後調査を依頼していた興信所に伺う予定なんです。実はこのすぐ近くなのでここの居酒屋にしました。」凌空はテーブルに指を組みながらそう話す。



「興信所?高くなかったか?」まさか興信所を使っているとはと驚く涼介。



「自分はよくここにお願いするんですよ、彼らは調査のプロですから必要なものを全て調べてくれます。」



聞けば凌空は会社の取引関係でも興信所をお願いするらしかった。その一環で「ついで」に格安でお願いしたとの事だった。





「そろそろ行きましょうか?」凌空の声に促され興信所へ向かう。



歩いて5分もたたないうちに、そのオフィスビルへ到着しエレベーターに乗り込む。



ドアが開くと正面にその興信所があり、入り口を開けると奥に座っていた中年の男・吉井がこちらに手を挙げる。



「大川さん、有明様、お待ちしておりました。」吉井は挨拶もそこそこに応接室へ案内する。



涼介と凌空が並んで座った正面に男は座り二人に資料と封筒を渡す。





(どうか…何も書かれないでいてくれ!)そう願い書類に目を通し始めた涼介の視界は歪んでいき、彼の想像を超える結果は頭の中を真っ白にしていく…。





『調査報告書』と書かれた複数の書類には、数回のホテルへの出入り時間と場所が詳細に書かれており、隣に置かれた封筒には、其の時撮られていた写真が納められている。



涼介もある程度の覚悟をしていたとはいえ、実際に証拠を並べられて見せられると、手が震え何も考えられなくなっている。



そんな静粛の中、調査員の落ち着いた声が響く。



「奥様は浮気で間違いないです。」



「うっうわぁぁぁぁぁぁぁ!」混乱する涼介を凌空がなだめる。尚も調査員の話は続く。



「この男の素性なのですが….」動きを止めた2人は固唾をのむ。



「4人は全く面識のない人物とおもわれます…」



涼介には最初何を言われてるのかわからなかった。いや、思考が追い付かない。



「どういうことですか?」凌空は冷静に質問すると、調査員は静かに答えた。



「4人共全員某マンションのオーナー達でした。」驚愕する二人。更に



「送迎はサンホーム建設の小須田という営業課長がやっているようです。」といい調査員は締める。



涼介は何が何だか分からなくなってきた。いや、分かったことがある、妻は会社に枕営業で雇われたということだ!



(なぜ営業になることを強く止めなかった?そもそも、働かせるべきではなかった?そして、なぜ話してくれなかった?….)いろいろな考えを答えが出ず、結果涼介は自我を保てず気を失ってしまっていた…。





目を覚ますと、涼介は興信所のソファーに寝かされていた。



もう一つ奥のテーブルでは凌空が調査員と何かを話していたが、涼介が起きた事気づき、こちらへやってくる。



「大丈夫ですか?水持ってきましょうか?」心配そうに話しかける凌空に、大丈夫と手を振りソファーに座り直した。



もう一度調査員から説明を受け「こちらの調査報告は以上です。」と話をまとめ、今後どうするかの打ち合わせとなっていた。



(正直どうするかなんてまだわからない。いや、こんな事をやらせたこの会社だけは決して許さない!)と考える涼介の気持ちを察してか、凌空は口を開く。



「涼介さん、訴えましょう!こんな事決して許されません!」静かに話しつつも語尾は強い。凌空も相当怒っているようだ。「涼介さん、こっちは自分にまかせてください!こっち方面に強い弁護士さんとも知合いですので….まずは奥さんに話を聞いてみてください。」凌空も最後の言葉はつらそうに話す。



一旦この場は締めて、弁護士等の手配は凌空にお願いし涼介は帰路に着く。



スマホの時計を見ると23:00を回り、ふと見上げた夜空には多くの星が瞬いていた。





アパートに着くころには時計も0:00を回っていた。



明日話そうと思い、2人が起きないようにドアノブに鍵を差し込むと鍵がかかっていないことに気づく。



ドアを開け中に入ると汐がリビングでテレビを眺めていた。



「ただいま…」控えめな声で帰宅を知らせる涼介に「!おかえりなさい、遅かったのね」と慌てて答えて席を立つ汐。そういえば遅くなるってメールを送り忘れていた。こんな事結婚して初めてのことだったな。メッセージ欄には汐が「遅くなるの?」とメッセージをくれていた。



食事はいいよと妻に告げ、涼介は冷静に本題に入る。



「俺に何か隠してない?」涼介は告げる。「えっ?なに?何も隠してないよ?」妻はびっくりしたように答える。その言葉は涼介の胸にある何かを燻ぶらせた。



「実は、興信所に行ってたんだ」涼介は今日興信所で話したことを妻に伝える。



受け取った書類と写真をもとに説明を行っていたが、「浮気」と単語が出るたびに妻は小さく「…違う...」と呟いていた。



全てを説明し「一体どういう事なの?枕営業したくて営業に入ったの?そんなにお金が欲しかった?俺のこと嫌い?」頭の中で疑問に上がった質問を間髪入れずに妻へとぶつける。



その都度「ごめんなさい」「許して」と返事が返ってくる。そして、涼介が黙ると静寂がリビング内を包む。



「俺達離婚する?」沈黙した中に涼介の言葉が響いたとき、汐は涼介の足元にしゃがみ込み「許してください!許してください!ごめんなさい!」と両膝を床につけ、大声をあげて裾を引っ張り始めた。こんな哀れな妻の姿を見る日が来るとは思いもしなかった。



「じゃあ、なぜこんな事やったんだ!しかも、みな違う男じゃないか!金の為としか思えないじゃないか!お前の考えがわからないよ!」涼介の怒号が響き渡ったとき、寝室で寝てた摩耶が泣き始めた。汐は涙を拭いて隣の部屋に行き「おっきい声出してごめんね、ごめんね」と寝かしつけ始める。その姿を見た涼介は呟く。「離婚だけは回避したい....」と。





しかし、涼介の願いも虚しく現実は最悪のシナリオへと動き出す。





2人は協議の末、離婚となった。



弁護士がこのような事態になった経緯を訪ねると、妻は一言「家を建てるためのお金が欲しかった」と話した。



どうやら妻は一人当たり10万円ほどの報酬を貰っていたらしい。



涼介は(そんな不貞行為で得た金の家なんか住めるか!こいつはこんなにバカだったのか?)そう思った瞬間、心に張り詰めて糸がプツリと切れた。





それからの話は早かった。



涼介は弁護士と打ち合わせ通りサンホーム建設と妻に慰謝料を請求。



会社側は課長が仕事欲しさに動いたことの非を認め、口止め料とを含め3千万円の提示を行った。



ただ、各オーナーとは合意の上との事で、その分を会社が多く支払うこととなった。



小須田営業課長は懲戒解雇のところだったが、自身が一人で全てやった事を認めたことで自主退職を認められたらしい。



汐は懲戒解雇。



汐には財産分与なしの慰謝料300万の請求を行い、これを了承した。



しかし、摩耶の親権だけは譲らないと主張、弁護士も元妻には育児はちゃんとこなしていた実績があるので難しいと言われ、月に1回面会の約束を条件に泣く泣く諦めた。





後日3300万円が一活で振り込まれた。





これまでにかかった費用を差し引いても2500万以上残っている、大金だ。



(こういうのを凄腕弁護士というんだろうな。)となんとなく思っていた。



すべてが終わり、弁護士さんに挨拶に行ったときそっと耳打ちをしてきた。



「もう少ししたら面白いことになりますよ?その日まで大事にお金は持っておいてください。」何のことかわからずにいると弁護士が軽く一礼をして部屋を去っていった。





考えてみても答えの浮かばない涼介は、そのまま部屋を後にした。





事務所を出た涼介は、その足で凌空と会うことになっている。



彼には本当に迷惑をかけた。おかげで無事離婚が出来たのだから。



歩いていると正面から凌空の姿が見えた





「涼介さん!」にっこり笑って手を振る凌空。彼のおかげで本当に救われた、涼介は本当にそう思った。



「離婚と慰謝料の件、本当にお疲れさまでした!良かったらこれから一緒にどうですか?」



と誘ってくれた凌空に(まだちゃんと凌空にお礼が言えてなかったな)と思い、凌空の行きつけの店で夕食を摂ることになった。





店内の奥にある個室で軽く乾杯後、凌空に今回のお礼を話したところで、ふと涼介は思い出す。「そういえば帰り際に弁護士さんに耳打ちされたのだけど…」と凌空に話すと、彼はニコリと笑い「あの人、本当は絶対にそんなこと言わない人だけど…涼介さん好かれてますね。」と、凌空は嬉しそうに答えてくれた。



「まぁ、いろいろ準備段階なんですけど…形になったらまた話します」



色々聞きたいところだけど、凌空の考えはわからないし、そのうち分かってくるだろうと涼介はそれ以上詮索しなかった。





「もう、奥さんのことは吹っ切れましたか?」凌空の質問に箸が止まった。



(そんな簡単なものじゃないだろう)と思いながらも「お前の友人を悪く言うのはあれなんだが、お金で自分を売るような女だったとは...心底軽蔑したよ。」と小さな声で凌空に話した。しかし、凌空は汐を庇った。「汐ちゃん金でそんなことするような奴じゃないですよ?ちゃんと話せました?何か理由があったんじゃないですか?もっと…」凌空が全てを話す前に涼介は箸を畳に投げつけた。「じゃあ、なんで何も話してくれなかったんだ!ごめん!許して!もうしません!とかテンプレートじゃあるまいし同じことを繰り返ししゃべって!俺は営業はやめてほしいといったのに勝手に決めて始めてたんだよ!俺…どうすればよかったんだよ…」何時しか涼介の頬には涙が伝っていた。そして気付いた。自分はまだ汐のことを愛していたのだと。その瞬間堰を切ったように涙が溢れ出し机にうつ伏せになって泣き出した。凌空は静かな目をして涼介の姿を見つめていた。





帰り道、凌空に暴言を吐いたことをわびた。凌空も「すみません、自分も涼介さんの気持ちを考えて話すべきでした」と頭を下げる。



「お疲れさまでした、明日からまた頑張りましょう!」と凌空は告げると人ごみの中に消えていった。暫く佇んだ涼介はふと心の中で呟いた。



(今日から独りぼっちか…)
< 2 / 13 >

この作品をシェア

pagetop