そして、僕は2度目の恋をする。
そして、涼介追い込まれる。
汐との離婚から3年、涼介は忙しい日々に追われている。



30歳になった彼は主任となっていた。



涼介が勤める「H・Kツーリスト」は、地場で中規模の旅行代理店。



業務は、各種旅行券販売・ツアープラン・当社企画のパッケージ商品販売などなど。



また会社の方針「地元に寄り添うプラン作り」は、地元とのコミニュケーション活動をモットーにしており、仕事はもちろんのこと、地域の為のボランティアやイベント的な事なども積極的に取り組み、その甲斐もあり地元でも信頼の厚い会社になっている。





その中でも涼介の立ち振る舞いは目立っており、人一倍仕事をこなし、ボランティア活動も精力的に行う姿、そして整った顔立ちもあり、度々女性たちからの御誘いを受けることも少なくはなかったが、涼介の苦笑いしながら誘いを断る姿はいつもの光景となっていた。





そんな彼の今唯一の楽しみは、娘の摩耶との月一回の「デート」である。



今、元妻が住んでいるアパートの近くの公園で、互いの近況報告を兼ねた会話を、娘とベンチに腰掛けて話す。このときの涼介は、娘との幸せな時に包まれる。





「一緒の組のたっくんがね~」摩耶は楽し気に身振り手振りで保育園の出来事を話してくれる。保育園の一通りの話が終った摩耶の次の話題は元妻との今の話をしてくれる。



汐は涼介と別れた後も、両親を亡くし帰るところがない汐は暫く前のアパートに住んでいた。



しかし、家賃が駅に近く高かったのと、涼介の両親が近くに住んでいることを気にしてか、少し離れた勤め先に近い1DKのアパートに引っ越していた。





汐は朝子供を保育園へ預け、日中は工場の包装作業のパート勤務を行い、18:00に娘を向えに行き自宅へ帰る。



日曜日はよくこの公園などに出かけたりもするが、それ以外は2人でアパートに居ることがほとんどの様だ。



涼介も娘にだけは不自由な生活を送ってほしくないと考え、後日離婚当初の財産分与なしの部分を放棄したのち、現金で200万円を渡し、月々の養育費5万円を送っていた。





「パパは摩耶やママはもう一緒に暮らさないの?」夕方となり、娘と元妻のアパートへ向かう道程で手を繋いだ涼介の横顔を見上げながら摩耶は言った。



少し答えに詰まった涼介だったが、「ごめんな、摩耶。いまパパはまだママと一緒に暮らすことはできないんだ。」と話した。言葉の中に「まだ」と無意識に言ってしまった涼介だったが、本人はその事に気づいていない。





アパートの渡り廊下を歩く二人の視線の先に、元妻は自宅前で待っていた。





「元気かい?」涼介が尋ねると「はい、元気にやってます」と微笑みながら返してきた。



それじゃあ来月と涼介は2人に別れを告げ、母娘は部屋に入っていく。





2人と別れた後、そのまま家には帰らずにショッピングモールの中を歩いていた。



本屋で参考書を購入し、広場のベンチに座り、街行く人たちをぼーっと眺める涼介の視線は



自然と家族連れを追ってしまう。



ショーウインドウの前でこれが欲しいと駄々をこねる子供を突き放す母親となだめる父親。



娘を肩車して歩く父親、ベビーカーを押しながらその横を歩く母親。



ファストフード店のテーブルで親子仲良くハンバーガーをかじる姿・・・どれも昔涼介が元家族とやっていた光景・・・。涼介は思いにふける。



(幸いに娘は元妻との復縁を望んでいるように見える。汐の気持ちはわからないが、もしやり直せれば目の前に広がる家族の日常をまた取り戻せるのだろうか?)物思いにふける涼介。





季節は春なのに、涼介の心はそれに程遠い心境だった。



彼は今、今後の人生をどうしていくのかを思いながら帰路へと着いた。





数か月たった夏の暑い日、涼介は外回りの仕事が終わり会社へ向かって歩いていた。





摩耶たちが住んでいるアパート公園近くを歩く涼介の前には住宅街があり、その中にひと際大きな新築の家が目に入ってくる。その横を通り抜けようとしたとき、その家の玄関がガチャリと開く。不意に見た涼介の視線には一組の家族らしき人物たちが出てきていた。そして、その中の小さな人影が涼介に気づき走り出す。



「パパ―!」小さな子はそう言って涼介にしがみつく。この声は間違いない、摩耶だ。



「パパ!迎えに来てくれたの?うれしい!」はしゃぐ摩耶に戸惑う涼介。間もなく汐が来て摩耶を引き離す。「ごめんなさい、私たち今ここに住んでいるの。」汐は申し訳なさそうに話す。摩耶も涼介が偶然ここに来たのを知ると、うなだれて汐の後ろに隠れる。そんな中、玄関にいたスーツ姿の男がこちらに近づいてきた。





「初めまして、もしかして有明涼介さんですか?私こういうものです。」涼介が受け取った彼の名刺には「サンホーム建設 取締役福社長 日野哲太」と書いてある。



涼介は軽く会釈をする。日野の姿は170センチくらいの中肉中背、見た目は25歳前後で色は黒く、肩まである長い茶髪が特徴的で、顔立ちも整っており目は切れ長、普通にイケメンではあるが、遊び慣れてはいるかな?、が涼介が見た目の第一印象だった。日野哲太は頼んでもいないのにこれまでのいきさつを話し出す。



「いやー実はですね、少し前僕はここに家を建て引っ越してきたんですが、そこの公園を散歩してたら彼女たちが深刻な顔をしてベンチに座っていたんですよ?僕気になって聞いたんですよ?そしたら今住んでるアパートが建替えの為数日以内にで出て行ってくれって言われたみたいで。」そんな話始めて聞いたと内心驚く涼介に日野はさらに話を続ける。



「前の旦那に追い出されたらしくって、今のとこも追い出されたら行くとこないって言ってたので、うちにおいでって話したんだ。だって俺一人暮らしだけど家は無駄にデカいからさ!」嫌な表情を浮かべる涼介を、日野はニヤニヤしながら見ていた。



「おじちゃんもうやめて!」小さな声で抵抗する摩耶に「日野さん、もうやめてください」と悲しそうに日野へお願いする。



チッ!と舌打ちをたが、言いたいことも言ったし、すっきりした日野は「さあ、夕食に行こう!」と困惑している2人を車に乗せ、車に乗り込もうとしたときに涼介にだけ聞こえるように話しかけた。



「俺、汐さんと結婚しますゎ。まだ彼女結婚のOK出してくれませんけど、まぁ時間の問題だから。だからあなたは自分の幸せだけを考えてくださいね、有明涼介さん。」



日野はニヤつきながら運転席に乗り込み涼介のもとを去っていった。



(もう、すべては過去になってしまうのだろうか…)



去っていく車を見ながら涼介は心の中で悲しく呟いた。





それから数週間後に、スマホに知らない番号の着信が来た。



「もしもし、有明涼介様でしょうか?私有明涼介様の元配偶者・汐様より依頼を受けました山本弁護士事務所の「山本」と申します。」と丁寧な挨拶が帰ってきた。



汐が弁護士を依頼して俺に電話?戸惑う涼介は「どのようなご用件でしょうか?」と尋ねると、弁護士は淡々と話しだす。



「この度お電話させて頂きましたのは、有明様の長女、摩耶様の件についてでございます。」



摩耶のなんの話?と涼介は考えていると「この度、母親である汐様より、有明様が面会交流を拒否させる依頼を受けております、これまでの養育費と慰謝料500万を払われる意思がございますのでそれに応じていただければとのご相談です。」





頭の中が真っ白になった。お金と引き換えに家庭を失い、次はお金で娘を奪われようとしてるのだ。



「そんな条件飲めません!娘は唯一残った私の心の支えです!それだけは絶対無理です」涼介はスマホに向かって叫ぶ。しかし、弁護士は冷静に淡々と言葉を並べる。



「そうですか…こちらと致しましては裁判も視野に入れてお話ししておりますので、もう一度、冷静に、よくお考えになって後日ご回答ください」と述べて電話を切った。



「一体…一体どれだけ俺から大事なものを奪えば気が済むんだ…。」手に持ったスマホの上には大粒の涙がいくつも重なっていった。





仕事を終えた涼介は、離婚時にお世話になった凌空の知り合いの弁護士事務所へと向かう。





久しぶりにお会いした弁護士さんとの挨拶もそこそこに、応接室にて、最近の出来事と今日の電話の内容を説明した。涼介の話を聞き終えた弁護士の「田丸」は静かに説明を始める。



「恐らく…ですが、それは日野が奥様に成り代わり、裁判を名目に有明様の関係を断とうとしているのでしょう。まぁ、そんなことはできないと思いますが、恐らく相手の弁護士も本当の情報は与えられていないでしょう。」





その言葉を聞いて、「そうですか、本当に…本当によかったです。」と安心し、息を吐きながらソファーの背もたれに倒れこんだ。



その涼介耳を疑うような発言を弁護士がする。「有明さん、この示談受けてみませんか?」



(何を言ってるんだ?この人は?)



驚きと訝しめな顔で田丸の顔を見ると同時に田丸は顔を近づけて囁くように話した。





「以前お話したことを覚えてらっしゃいますか?私が面白いことになるとお話したことを?」



(そういえば離婚後のお礼に伺った時にそんなこと言ってたっけ?)少し視線を上にやって思い出していた涼介に、田丸はすました顔で続ける。「そろそろ皆さん集まりますので…」と話したと同時に、入り口の方からドアが開く音が聞こえた。そして、入ってきた数人の1人をを見た涼介は凌空の姿に驚く。



入ってきた凌空達はソファーに座る涼介達へと挨拶をした。



「田丸さんお疲れ様です、涼介さんも来てますね!」凌空は涼介が来るのがわかっていたかのように微笑みながら話しかけてきた。



びっくりして見上げてる涼介に「実は、昼過ぎに田丸さんから涼介さんが来るのを聞いていたので今日集まったんですよ。」と凌空は説明した。



とりあえず会議室へと案内する田丸に皆付いていく中、2人の懐かしい声も涼介に話しかけてきた。高校時代の同級生「高田健太郎」と、汐の中学からの友人「柳川葵」(あおい)だった。



「よう涼介、高校卒業以来だな!」「ほんとだね有明くん、元気してた?」明るくて屈託のない二人の挨拶に「ほんと久しぶりだな!2人とも元気そうで何よりだ!」と明るく返事をする涼介。その心には久しぶりの高揚感に包まれていた。





高田は涼介の高校時代の同級生で野球部の仲間である。身長190㎝越えの115㎏。熊顔。



出会った頃は涼介とはそりが合わなかったが、とある喧嘩を切っ掛けに仲良くなった。



実家は当時地元でも有名な暴力団の親分だったのだが、時の流れを感じた先代が自分の代で解散、現在健太郎が社長となり、構成員だった部下たちを社員にして土建屋を営んでいる。





葵は汐と中学校からの同級生であり、現在も親友である。身長165㎝くらいのスレンダーな女性でいわゆる「美人顔」だ



汐とは違い、自由奔放で天真爛漫な葵は、およそ汐とは合わない気がするのだが、ここまで親友を続けているのはよほどウマが合うのだろう。



ただ、決して自分たちに家庭のことなどは話さなかった。



今でも何をやっているのか涼介にはわからない。





会議室に入ると長机2つをを向かい合わせ、各々着席するメンバー。その中で立ったままの凌空が皆に話し始めた。



「では、これからサンホーム建設と有明汐さんの調査内容報告を行います。」
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