そして、僕は2度目の恋をする。
そして、1次会は終了する。
涼介が家族と無事再会した夜、凌空は町中のビル内ある一軒のバーへと入っていく。



「本日貸切」の札が掛かったドアを開けると、テーブル席の男女が凌空に手招きをしている。



「高田さん、葵ちゃんお待たせしました。」凌空はにこりと、そして一礼して席に座る。





「涼介の方は無事に終わったのか?」との高田からの問いに、凌空は黙ってうなずいて机の上にSDカードとスマホを出す。



「これが汐ちゃんを脅すための動画が入ったSDカード、スマホも2階にあったのでパソコンと一緒に回収しておきました。」と話す凌空。SDカードは小須田のオリジナルと合わせて2枚だったのでこれで全てとなる。



「しかし、これらがよくどこにあるかわかったな?」高田が不思議そうに聞くと、凌空はうんと相槌を打って話し出した。



「実はあの家、電気工事はうちがやったんです。あいつが部屋の中の至る所に遠隔式の防犯カメラを取り付けてくれたお陰で、僕らが取付工事のついでに別のスマホでも見れるよう設定しておいたんです。日野は家宅捜査が入っても見つからないようにいろんなところに隠してましたよ。まぁ丸見えだったんですが。汐ちゃん助けるときに遠隔操作も消しときました。」凌空は押さえた品物を見ながらそう答えた。



「お前あの二人のことになるとほんと怖いな」と高田は笑いながら話す。



「まぁ、日野の野郎は初犯とはいえやってることがひどいからな。実刑は確実だろう。」と高田は自分の手のひらを見ながら話す。



後でわかった話だが、日野の父である日野隆文は、後日山の中で自らの命を絶っていたそうだ。元々冷め切っていた妻とは2年前にに離婚が成立しており、倒産前に尋ねた彼を愛人達は門前払いしたようだ。何もない彼はすべてに絶望して山に入っていったのであろう。





そんなやり取りをしてるとき、また店の入り口が開く。今度は葵が立ち上がり二人を手招きする。元サンホーム建設の増山と女性がお辞儀しながらこちらに来る。



「皆さん、お疲れさまでした。すべて無事に事が運んでよかったです。」ほっとした表情で増山は話す。「増山さん、ご協力ありがとうございました。あなたがいなかったらサンホーム建設の不正を暴けず、僕の大切な人たちが苦しみ続けるところでした。本当に、ありがとうございました!」そう言って深々と頭を下げる凌空。



いやいやと、増山は恐縮した感じで話し出す。



「救われたのは私の方です!このことに気づいても誰に相談すればいいかわからず途方に暮れてた時に葵さんからこの会社の不正を暴こうとしている人物がいるから会わないか?と誘われたんです。本当にこれは運命でした。」増山は満足そうに話しを続ける「それに、僕も大事な人を守りたかったので…。」と隣に座っている女性をちらりと見た。



女性は立ち上がり凌空に名刺を渡しながら話し始めた。





「大川凌空さん初めまして、私は西邦銀行で融資を担当してます高良美紀と申します。この度は私と当銀行の危機を救っていただき誠にありがとうございました。」と話しながら彼女は深々と頭を下げた。



「当時、私がサンホーム建設の担当になり、すぐに融資してほしいとの連絡がありました。過去の元帳を確認しても問題なさそうだったので稟議の結果を待っていた時に裏帳簿の確認が出来たのです。お陰で以前から貸し付けていた融資分も倒産前に幾分か回収できましたので当社の損害は最小限に抑えられました。」話し終えた彼女は目を瞑り、もう一度凌空達にお辞儀する。



葵はそっと凌空に耳打ちする。「あのボンクラオーナー達、まさか銀行の資金回収の為にお金を払ったと思うと・・・うけるね!」と、いたずらっぽい顔で笑う。



「まぁ、そのおかげで僕は無事無職になりましたからね、今後は美紀さんに最後まで養ってもらわないと。」と、片眼を閉じながら話す増山に「あら、増山さんもありがとね、御礼に私の下手な手料理を毎日振舞ってあげるから」とこちらもウインクしながら返した。



テーブルを囲う中でどっと笑いが起き皆がおめでとうとお祝いする中、凌空は増山に話し出す。



「増山さん、良かったらうちの会社に来て頂けませんか?私にはあなたが必要です。」と頭を下げる。驚いた増山は「ちょっと頭を上げてください!いいんですか、私なんかを雇って?私は会社を売るような人間ですよ?」と、困惑した表情で返事した。



凌空は言う。「あなたが正しい判断をしたからこそ、多くの正しい人達が救われました。経理が不正を見逃せば会社という木はすぐに枯れてしまいます。だから、ちゃんと栄養と治療の知識を持ったあなたの力が僕には必要なのです。」話し終えた凌空を見ていた増山は視点を上に移し、僅かに考えて凌空へ伝えた。「凌空さんには感謝の気持ちしかありません。そして、無能な自分をここまで買っていただけた凌空さんの為に、最後まで尽くさせて頂きます。」増山はそう話すと席を立ち、深々と頭を下げた。皆も拍手して喜んだ。



そんな中、実は、と凌空が話始める。



「今度うちで東和建託の工事を受けることになったんです。」と凌空が少し小声で皆に話した。「おいおい、業界最王手じゃないか!すごいな!」と驚く高田。凌空の話は続く。「ちょっといろいろありましてね、その際こちらの地区に支店を作ることになって施工業者や従業員を探していたんです。もちろん顧客も。」そこで皆はっとした。「お前、サンホーム建設の全てを渡したのか??」驚く高田に凌空は微笑む。「渡したなんてとんでもない!ただ、そんな情報を得たので担当の方にそっと教えてあげたんですよ。そしたらちょっとだけ感謝されただけです。」烏龍茶を飲みながら飄々と話す凌空。さすがの高田も「お前だけは敵に回したくないな…」と、心から恐怖する。



「高田さんのところにも近々東和建託から連絡が来ますので。」と凌空が付け加えた。





最後に凌空は「うちの会社も規模を拡大していこうと考えてます。父である社長からも了承済です。良かったらこれからも皆さんのお力をお貸しください。」と〆て皆に一礼した。



「それでしたら纏まったお金が必要になりますね?融資の際は私に御連絡下さい」と融資の草場さんが強かな笑顔で凌空の顔を覗き込んできたのをみて、皆は笑ってこの場は解散した。





皆が帰り、凌空・高田・葵はそのまま烏龍茶とウイスキーを飲んでいる。



高田は少し赤い顔をして凌空に語りかける。



「なぁ凌空、もうこれで全てが終わったんだよな?」と話すと、葵も「終わったに決まってんじゃん!涼介達も元鞘に収まったしハッピーエンドだよ?」と続け様に言った。



凌空は黙って烏龍茶を眺める。





少し時間がさかのぼり、高田が元サンホーム建設の小須田を確保したときに持っていたSDカードの映像を3人で確認をしたことがある。小須田の発言通り見るも絶えない画像で、葵はあまりの酷さに部屋を飛び出した。高田すら目を背けたくなるような光景の中で、凌空は怒りの顔で瞬きもせず画面を見続けていた。そして、映像から声が何度も聞こえてくる。



「リョウちゃん…助けて….」と。



その瞬間、凌空の頬に涙がつたい、爪がめくれんばかりの握りこぶしを握り「日野哲太…お前だけは…お前だけは決して許さない..」と呟いた。高田は聞こえないふりしてPCを閉じた。



「あいつが今後二度と二人に近づかなければ終わりですよ。ただ、また性懲りもなく近づいてきたときには…俺はあいつに地獄を見せてやります。」





凌空は目の前にある烏龍茶を一気に飲み干した。





高田と葵は、日野が2度と現れないことを祈った。
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