フォーチュンクッキー
 でも、何事もなかったように雛太はテストに向かう。

 そんな小さな優しさが、今のあたしを支えてくれた。


「ありがと」

 聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ようやくあたしは目の前の問題に集中できた。




 開始から一時間弱。

それが終わると同時にあたしも書き終えた。


見直しができなかったけど、ここまでたどり着いたから達成感だけは人一倍だ。


 回答用紙が回収されていくなか、あたしはそわそわと消ゴムを探す。

「どこいったんだろう?」

 スカートの裾を床につけないように膝の下に挟み込んでしゃがんだ。

先生が教室を後にして、みんなはもう次の教科の準備を始めているっていうのに。


「消しゴムく~ん」

 あたしの小さな呼び声は、きっと届いていないんだけど。


 そんな時、くいっと後ろから左の毛先をひっぱられる。


「いたっ」

 おもわずバランスを崩して、コテンとしりもちをついてしまった。

引っ張られた方を見上げると、そこはさっきまで隣の席にいた雛太だ。


「それ、使ってていいから」

 蛍光灯の逆光で少し影がかかってたけど、はにかんでいたのがうっすら見えた。

なんだか美術の教科書に出てくるモデルみたいで、すこし胸がドキンと跳ねた。


 雛太のこういう顔、みたことないよ。


 きょとんと雛太は見下ろして「次、はじまるぞ」とぶっきらぼうに席に戻る。

まだドキドキが止まないあたしを現実に戻すように、校内にチャイムが鳴り響いたのだった。
< 160 / 506 >

この作品をシェア

pagetop