フォーチュンクッキー
 白い湯気がオレと杏ちゃんの間をそっと舞い上がる。

静かになる店内と同様、心の中も怖いくらい落ち着いていた。


「それに、まだ時間はある。……オレとしては、まず受験に受かってほしいんだよ」

「太一さん……」

 オレの名を口にしたチビ助が、どこまで親友に打ち明けたのかはわからない。

ただ、不安げに揺れる大きなチビ助の瞳は、まだ心が定まっていないのだ。


「……こういうときばかり大人ですよね」


 俯いた杏ちゃんが呟く。

オレは聞き逃さず、ゆっくりとカウンターに両手をかけて体重を乗せた。


 きちんとチビ助にも、杏ちゃんにも向き合ってほしい。


「大人だからじゃないさ。これがオレの本音。
そうじゃないと、この一年間がんばってきたことがもったいないじゃないか」


 そう、なにも頑張っていたのはチビ助だけじゃない。

その周りでも、悩みながら前に進もうとしていたはずだ。


「……失礼します」

「杏ちゃんっ」

 一口カップに口をつけ、まっすぐ店の扉に向かってしまった杏ちゃん。

あわててチビ助も追いかけようとしたから、ぐっと腕を伸ばして薄い肩を掴む。


「ほっとけって!」

「だって……」

 再び音を立てた扉は、ゆっくりと吸い込むように閉じていった。

追いかけられなかったのを悔いているのか、俯いたチビ助。


 オレは消えてしまった扉のほうを見て、なんとなく昔の自分を重ねていた。


「杏ちゃんだって、戸惑っているんだよ。
もうすぐ離れてしまう親友たちへの寂しさと、自分の夢と―……」



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