フォーチュンクッキー
 目を真っ赤にぬらした杏ちゃんは、あたしの見たことのない表情をしていた。

その向こうで、目を見開いたままの雛太も呆然としているよう。


「杏ちゃん……!」

 言い終わる前に、杏ちゃんはあたしを通り越して走りぬけてしまう。


 ここで、終わらせちゃだめだ。

無我夢中で杏ちゃんの背中を追いかける。



「…はあ、はぁっ、…杏、ちゃん……!」


 ペタペタと、靴下で何度も滑りそうになりながらあたしは再び走った。

呼吸も苦しいけど、きっと杏ちゃんはもっと苦しかったはず。


 階段を駆け下りる音がしたから、あたしは必死に足を動かした。

そのまま昇降口へ出て家に帰ってしまったら、もう話してくれなくなってしまう。


 その前に追いつかないと―……。


 自分は必死なんだけども、さすがに三年間テニスをやってきた杏ちゃんのスピードに到底追いつけるわけもなく。

だけど、あたしには諦めきれなかった。


 足をもつれさせながら階段を降りると、ガタンと乾いた音が昇降口から響く。


 帰っちゃう……!


「待って、杏ちゃん……っ!!」


 血の味が口に広がったそのときだった。


 嫌な予感は的中し、つるんと足がすべる。

体勢を保とうとしたカラダは無情にも前のめりに、ただ冷たいタイルが目の前に飛び込んできた。



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