フォーチュンクッキー
 それから一週間が過ぎた。

すでに自由登校という名の、ひと足早い春休みをオレたちは迎えていた。


 さすがにオレも留学の準備に追われ、喫茶店に足を運ぶことも減る一方。

あの慰労会からそんなに経っていないはずなのに、あの芳ばしい香りはひどく懐かしく感じるほど。


 そんなマスターも多少は淋しそうにはするけど、やっぱり優しく笑う。

最後まで、とことんオレを甘やかすんだ。



 そして、今日のようにこうしてサトも時々、平山家にやってくる。

準備自体は手伝ってくれないが、仕事一本の母親に代わって食事は作ってくれたりした。


 すっからかんになってきたこの家に足を踏み入れたサトは、すこし寂しそうに見渡す。


「この家、貸家にするんだって?……なんか、もったいないね」


 むしろ有効利用するんだけど──

と、サトの横顔をみてたら、そんなことも言えなくなった。



 怜については、よく知らない。


 というのも、たまに「元気か?」「進んでるか?」なんてメールが届く。

が、いつも答えにつまって、結局なにも返せていない。


 まあ、あいつのことだ。

豪快に笑って、また誰かを思いやっているんだろう。



 ───それでいいんだと思う。

みんなが歩きだしたその道の近くにいたオレは、すこし細い道を選んだだけだから。


 なにも、無くなってなんかいないんだ。


 寂しくないとは言い切れない。

だけど同時に、嬉しくもあるんだ。



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