落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
一章 竜の国が落ちる日
「従竜の世話をしてきて」

 従姉妹に突然そう言われ、プラチナはにわかに戸惑った。
 叔母に命じられた廊下の掃除がようやく終わり、すぐ従姉妹のマルヴァに呼ばれ、彼女の部屋に足を踏み入れたとたんのことだった。
 ここに来るまで頬に心地よく残っていた夕暮れの風と光が、急に色あせて冷たくなってしまったように感じた。

 女王のように命じた従姉妹――マルヴァは、肉付きの良い体に薄い室内着をまとい、豪奢な長椅子にしどけなく座ってほっそりとした白い手をメイドに預けている。プラチナと似た銀髪だが、よく手入れされて艶やかに光り、長く上向きの睫毛の下は黄緑色の目をしていた。

 メイドは緊張した面持ちで、マルヴァの爪の一本一本を磨き、傷一つ無い指を丁寧に拭っている。

 使い古された使用人のお仕着せ――大きすぎる古いワンピースに前掛け――に身を包むプラチナとマルヴァでは、まったく違う世界の人間だった。
 それでもプラチナは控えめに反論を試みた。

「マルヴァ……さまの従竜なら、マルヴァさまがお世話したほうが竜たちは喜ぶと……」
「はあ? なんであたしが下僕の世話なんか。プラチナ、あんたは無能の分際であたしに意見するわけ?」

 マルヴァは美しい顔を歪め、不快げにプラチナを睨む。マルヴァの側で椅子に腰掛け、こちらも背後のメイドによって大粒の宝石がついた耳飾りや首飾りを当てられていた叔母がそれに続いた。

「マルヴァの言う通りだわ。あなた、竜姫自ら世話をしろとでも? シェーヌの直系でありながら、竜姫の担うべきこととそうでない雑用の違いもわからないのかしら」

 ――シェーヌの直系、という言葉にプラチナはにわかに体温が上がるのを感じた。怒りの熱。
 反論しそうになり、だが寸前で言葉を呑み込んだ。言えば言うほど、この叔母はシェーヌ家のことを持ち出してあてこすってくる。不毛な言い争いだった。自分が侮辱されるのは耐えられても、亡き家族のことを貶されるのは耐えられない。

「まったく気が利かない娘ね。少しは頭を回したらどうなの? マルヴァは王子殿下との結婚を控えた大事な身でもあるのよ。雑用なんかさせられないわ。マルヴァへの思いやり、竜姫への最低限の敬意もないのかしら」

 叔母の声が粘度を帯び、暗く、無数の棘を滲ませる。プラチナがぎゅっと前掛けを握ったとき、右肩でぱたぱたと小さな羽ばたきの音とうなり声があがった。

 叔母はプラチナの右肩を見て、野良犬を見たようなしかめ面をした。
 つまらなそうに実母とプラチナのやりとりを見ていたマルヴァが、ふいに剣呑な光を目に宿す。

「なあに? まさか、そのチビをけしかけようってわけ?」
「いいえ! マルヴァさまの竜のお世話をしてきます!」

 プラチナは右肩の上で威嚇する小さな竜を手で押さえながら、慌てて言った。

 叔母が不快げに大きな鼻を鳴らす。マルヴァもまた、指の一つひとつが清められていくのを白けたように見ながら言った。

「さっさと行きなさいよ、愚図」

 吐き捨てるような言葉に、プラチナは頭を下げてすぐに身を翻した。



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