魔法石鑑定士 リリアの備忘録
古びた小さな魔法石店
第1話 リリアの秘密
魔法石の成り立ちには、二つある。
一つは、大地の熱と力によって、ゆっくり、ゆっくりと地中で生成される魔法石。
身に付けた人々の助けとなり守りとなる。
もう一つは、生き物の強い思念によって形づくられる魔法石。
こちらの魔法石は、安全な物ばかりでは無い。時に不安定に、時に暴走して、人々を傷つけ、困惑させることになる。
その思念を読み取り、浄化するのが魔法石鑑定士の仕事。
そんな魔法石鑑定士の中で、最近王都で有名になりつつある女性がいた。
リリア・ブランチェスカ。
それが彼女の名前。
歴代の鑑定士の中で、とびきり浄化の力に秀でていると噂されている。
リリアが営む小さな魔法石店は、ここヴァンドール王国の王都、アズールの下町通りにちんまりと佇んでいた。
煤けた看板、年季の入った扉。
どう見てもオシャレとは言い難い外観のせいで、知らずに通り過ぎてしまう客も多いが、最近は評判を聞きつけてお忍びで尋ねて来る貴族の御婦人や殿方も増えた。
とは言っても、普段は何の悪意も脅威も無くて、ささやかな恩恵をもたらしてくれる安価な魔法石アクセサリーを売っているしがない魔法石店。
台所事情は決してよろしくない。
チャリンと入り口のベルが鳴って、スラリとした銀髪の青年が大きな荷物を抱えて入ってきた。紙袋からはみ出したバゲットの香ばしい匂いが店内に広がる。
「リリア、お腹すいただろう。昼にしようぜ」
そう言って爽やかに笑った青年の名はレギウス。もうすぐ二十歳になるリリアの相棒であり弟のような存在。
十年前の雪の夜、店の前で行き倒れているのを拾ってから一緒に暮らしている。
当時十歳だったボロボロの少年が、すっかりキラキラした美青年に成長していて、リリアは時々ドキッとしてしまう。
今だって、ほらっ。
リリアの口の端に付いたジャムを、何のためらいも無く掬い取って笑っている姿が愛おしい。
「もう、リリアは本当にわかりやすいな。直ぐ心ここにあらずになる。今朝持ち込まれた魔法石のこと考えていたんだろう?」
「え! ええ、ああ、まあね」
「後で一緒に鑑定しよう。だから、まずは食べてからだよ」
「わかっているわよ」
どっちが年上かわからなくなる。本当はレギウスの方が十歳も年下なのに。
でも……いつか、レギウスの方が年上になってしまう日が来るのかしら―――
リリアの秘密。
誰にも話せていないが、きっとレギウスは気づいているだろう。
リリアが『二十一歳』を繰り返していることを。
本当はもう二十九歳になっているはずなのに、なぜかこの八年間、二十一歳の体を永遠と繰り返している。
不思議なのは、この『二十一歳を繰り返す』と言う経験をしているのはリリア一人と言うこと。
周りの人、例えば一番身近にいるレギウスは、順当に年を重ねているのに、リリアだけが二十二歳になる誕生日の直前に、二十一歳の誕生日の体に戻っているのだ。
二十一歳の誕生日。
それはリリアが鑑定士の才能を開花させた日でもあったから、それと何か関係があるのかもしれないと思っているのだが、何分自分のことを鑑定する能力は持っていないのでそのままに過ごしてきてしまった。
多分、才能を得た代償のようなモノなのだろう。
今まではそれほど違和感無かったはずだけど、だんだん不自然になっていくんだろうなぁ。なんで一人だけ老けないんだろうって。
でもまあ、いつまでも若々しいことはいいことだし。
ま、いいか!
深く考えているようで、それほど深く考えていないリリアは、そうやって都合の良い方に考えるのが得意だった。
でも、目の前のレギウスを見ていると、ちょっと複雑な気持ちになる。
年を追うごとに輝きを増す彼の魅力に抗うのは、とても勇気がいることだったから。
一つは、大地の熱と力によって、ゆっくり、ゆっくりと地中で生成される魔法石。
身に付けた人々の助けとなり守りとなる。
もう一つは、生き物の強い思念によって形づくられる魔法石。
こちらの魔法石は、安全な物ばかりでは無い。時に不安定に、時に暴走して、人々を傷つけ、困惑させることになる。
その思念を読み取り、浄化するのが魔法石鑑定士の仕事。
そんな魔法石鑑定士の中で、最近王都で有名になりつつある女性がいた。
リリア・ブランチェスカ。
それが彼女の名前。
歴代の鑑定士の中で、とびきり浄化の力に秀でていると噂されている。
リリアが営む小さな魔法石店は、ここヴァンドール王国の王都、アズールの下町通りにちんまりと佇んでいた。
煤けた看板、年季の入った扉。
どう見てもオシャレとは言い難い外観のせいで、知らずに通り過ぎてしまう客も多いが、最近は評判を聞きつけてお忍びで尋ねて来る貴族の御婦人や殿方も増えた。
とは言っても、普段は何の悪意も脅威も無くて、ささやかな恩恵をもたらしてくれる安価な魔法石アクセサリーを売っているしがない魔法石店。
台所事情は決してよろしくない。
チャリンと入り口のベルが鳴って、スラリとした銀髪の青年が大きな荷物を抱えて入ってきた。紙袋からはみ出したバゲットの香ばしい匂いが店内に広がる。
「リリア、お腹すいただろう。昼にしようぜ」
そう言って爽やかに笑った青年の名はレギウス。もうすぐ二十歳になるリリアの相棒であり弟のような存在。
十年前の雪の夜、店の前で行き倒れているのを拾ってから一緒に暮らしている。
当時十歳だったボロボロの少年が、すっかりキラキラした美青年に成長していて、リリアは時々ドキッとしてしまう。
今だって、ほらっ。
リリアの口の端に付いたジャムを、何のためらいも無く掬い取って笑っている姿が愛おしい。
「もう、リリアは本当にわかりやすいな。直ぐ心ここにあらずになる。今朝持ち込まれた魔法石のこと考えていたんだろう?」
「え! ええ、ああ、まあね」
「後で一緒に鑑定しよう。だから、まずは食べてからだよ」
「わかっているわよ」
どっちが年上かわからなくなる。本当はレギウスの方が十歳も年下なのに。
でも……いつか、レギウスの方が年上になってしまう日が来るのかしら―――
リリアの秘密。
誰にも話せていないが、きっとレギウスは気づいているだろう。
リリアが『二十一歳』を繰り返していることを。
本当はもう二十九歳になっているはずなのに、なぜかこの八年間、二十一歳の体を永遠と繰り返している。
不思議なのは、この『二十一歳を繰り返す』と言う経験をしているのはリリア一人と言うこと。
周りの人、例えば一番身近にいるレギウスは、順当に年を重ねているのに、リリアだけが二十二歳になる誕生日の直前に、二十一歳の誕生日の体に戻っているのだ。
二十一歳の誕生日。
それはリリアが鑑定士の才能を開花させた日でもあったから、それと何か関係があるのかもしれないと思っているのだが、何分自分のことを鑑定する能力は持っていないのでそのままに過ごしてきてしまった。
多分、才能を得た代償のようなモノなのだろう。
今まではそれほど違和感無かったはずだけど、だんだん不自然になっていくんだろうなぁ。なんで一人だけ老けないんだろうって。
でもまあ、いつまでも若々しいことはいいことだし。
ま、いいか!
深く考えているようで、それほど深く考えていないリリアは、そうやって都合の良い方に考えるのが得意だった。
でも、目の前のレギウスを見ていると、ちょっと複雑な気持ちになる。
年を追うごとに輝きを増す彼の魅力に抗うのは、とても勇気がいることだったから。
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