魔法石鑑定士 リリアの備忘録
Case 7 紅色の石 エリュテイア
第3話 エスクード公爵夫人
備忘録と言っても、リリアが書き留めておきたいと思うようなドラマティックな経緯を持つ魔法石は、そうそうあるものでは無い。
大抵は悪意のない、あるいは簡単に浄化できるレベルの魔法石だ。
でも、今回の魔法石は、見た瞬間から大きな思念がビリビリと伝わってきた。
紅色の石、エリュテイアは勝利、情熱の石と言われている。
国を守る騎士たちの鎧や盾には、必ずこの石が埋め込まれていて、士気と戦闘力の強化に役立っている。
また、女性が身につければ、美しさや魅力が開花して、幸せな結婚ができると言われているので、とても人気の高い魔法石の一つだ。
そんなエリュテイアと思われる大粒の魔法石の鑑定を依頼してきたのは、エスクード公爵夫人。
夫のエスクード公は元々下級貴族出身であったが、隣国との国境争いの際に、騎士隊の総隊長として指揮を執り、目覚ましい快進撃を続けて領土を広げた功労者だった。
その功を認められて、つい半年ほど前に、公爵の称号を賜り王都にも屋敷を構えたばかり。
そんな順風満帆なはずの公爵夫人だったが、とても穏やかで優し気な女性だった。
人目を避けるようにひっそりと滑りこんできたのは、店を開けた直後のこと。
目深にかぶったフードを降ろすと、戸惑いを秘めた瞳でリリアに石を差し出した。
「あの、この石を、内密に鑑定していただけないでしょうか」
「拝見してもよろしいですか?」
そう言いつつも、リリアは決してそのまま触らないようにしている。
直ぐに取り込まれてしまっては大変なことになるから。
最初に犯した失敗は繰り返したくない。
必ず魔法除けの呪文を刻んだ手袋を身に着けてから、慎重に石を眺める。
手のひらいっぱいの大きな紅色の石は、とても貴重であると同時に、思念が宿っている可能性が高い。なぜなら、普通の魔法石はこんな大きさを保たれていることは、ほぼ無いからだ。長い年月の中で、皆に配られ、徐々に削られて小さくなっていくから。
「そうですね。この石からは強い野心のようなものが感じられるのですが、何があったのですか?」
リリアの質問に、夫人はなるほどと頷きながら事情を説明し始めた。
エスクード公爵家が、今の新しい屋敷に移り住んだのは半年前のこと。
公爵と夫人、二人の息子と娘が一人。使用人などは、以前の館からの人をそのまま連れてきているので、新しく雇った人はそれほど多くないそうだ。
エスクード公爵は、騎士として誇り高く無骨な性格ではあったが、王都の華やかさに少々浮かれ気味だと言う。公爵家の称号を賜ったからには、娘に英才教育をして王子との婚約に備えるべきと、一人娘のルシアに厳しい教育を始めたのだった。
最初は気乗りしていなかったルシア。元々の性格がおとなしいルシアに、王妃教育など無理だろうと、エスクード夫人は心配していた。
ところが、この屋敷に来てから、ルシアは人が変わったように貪欲になった。
王妃教育も熱心に受け、デビューしたばかりの社交パーティーではかなり派手に振舞っている様子。
王子の目に留まるように、あの手この手で策略を練っているようなのだ。
「それが本当のルシアの願いなのでしたら、私は別に良いのですが、どうも以前のお屋敷に居た時と全然様子が違っていて。最近は母親の私の言うことは全て無視するようになってしまいましたし。どうしても、納得ができないのです」
夫人は涙をハンカチで抑えながら語っている。
「それで、どうしてこの魔法石を鑑定したいと思われたのですか?」
「色々考えてみたのですが、どうしても原因が思いつかなくて。でも、その石は新しい屋敷の花壇に手を入れていた際に、庭師が見つけたものなのです。多分古くこの地に眠っていたのではないかと。あまりにも大きくて美しい魔法石でしたし、エリュテイアは娘の幸福を願う母親ならば贈りたい魔法石ナンバーワンですよね。ですから私、嬉しくなってブローチに仕立ててもらって娘の誕生日に贈ったんです。でも、その後からなのです。娘の様子が激変したのは。ですから、きっとこの石に何か秘密があるのではないかと思いまして」
自分の浅はかさを嘆く夫人。
「私がもっと気をつければ良かったのです。お屋敷の庭に眠っていた魔法石だから大丈夫と思い込んでしまったせいで、娘を危険な目に合わせてしまいました」
確かに……とリリアは心の中で頷く。
一方で、こんな世間を知らなそうな深窓の御婦人では無理も無いかなと思う。
でも、一番の理由はこの石の主が切れ者だからだろうと確信した。
この魔法石は発見された後、ブローチに加工されている。アクセサリー職人も、リリアと同じように鑑定能力を持っているはず。
そんな彼らがこの魔法石の魔力に気づかなかったとしたら……
このエリュテイアの主は、相当綿密に計画を練っているのだろう。
己の野望を叶えるために。
気をつけないと!
リリアは肝に命じた。
「なるほど。良く分かりました。お預かりしてもよろしいですか? 鑑定の結果が出ましたらご連絡させていただきます」
「ああ、良かった」
夫人はほうっと安堵のため息を吐くと、前金を置いて帰って行った。
大抵は悪意のない、あるいは簡単に浄化できるレベルの魔法石だ。
でも、今回の魔法石は、見た瞬間から大きな思念がビリビリと伝わってきた。
紅色の石、エリュテイアは勝利、情熱の石と言われている。
国を守る騎士たちの鎧や盾には、必ずこの石が埋め込まれていて、士気と戦闘力の強化に役立っている。
また、女性が身につければ、美しさや魅力が開花して、幸せな結婚ができると言われているので、とても人気の高い魔法石の一つだ。
そんなエリュテイアと思われる大粒の魔法石の鑑定を依頼してきたのは、エスクード公爵夫人。
夫のエスクード公は元々下級貴族出身であったが、隣国との国境争いの際に、騎士隊の総隊長として指揮を執り、目覚ましい快進撃を続けて領土を広げた功労者だった。
その功を認められて、つい半年ほど前に、公爵の称号を賜り王都にも屋敷を構えたばかり。
そんな順風満帆なはずの公爵夫人だったが、とても穏やかで優し気な女性だった。
人目を避けるようにひっそりと滑りこんできたのは、店を開けた直後のこと。
目深にかぶったフードを降ろすと、戸惑いを秘めた瞳でリリアに石を差し出した。
「あの、この石を、内密に鑑定していただけないでしょうか」
「拝見してもよろしいですか?」
そう言いつつも、リリアは決してそのまま触らないようにしている。
直ぐに取り込まれてしまっては大変なことになるから。
最初に犯した失敗は繰り返したくない。
必ず魔法除けの呪文を刻んだ手袋を身に着けてから、慎重に石を眺める。
手のひらいっぱいの大きな紅色の石は、とても貴重であると同時に、思念が宿っている可能性が高い。なぜなら、普通の魔法石はこんな大きさを保たれていることは、ほぼ無いからだ。長い年月の中で、皆に配られ、徐々に削られて小さくなっていくから。
「そうですね。この石からは強い野心のようなものが感じられるのですが、何があったのですか?」
リリアの質問に、夫人はなるほどと頷きながら事情を説明し始めた。
エスクード公爵家が、今の新しい屋敷に移り住んだのは半年前のこと。
公爵と夫人、二人の息子と娘が一人。使用人などは、以前の館からの人をそのまま連れてきているので、新しく雇った人はそれほど多くないそうだ。
エスクード公爵は、騎士として誇り高く無骨な性格ではあったが、王都の華やかさに少々浮かれ気味だと言う。公爵家の称号を賜ったからには、娘に英才教育をして王子との婚約に備えるべきと、一人娘のルシアに厳しい教育を始めたのだった。
最初は気乗りしていなかったルシア。元々の性格がおとなしいルシアに、王妃教育など無理だろうと、エスクード夫人は心配していた。
ところが、この屋敷に来てから、ルシアは人が変わったように貪欲になった。
王妃教育も熱心に受け、デビューしたばかりの社交パーティーではかなり派手に振舞っている様子。
王子の目に留まるように、あの手この手で策略を練っているようなのだ。
「それが本当のルシアの願いなのでしたら、私は別に良いのですが、どうも以前のお屋敷に居た時と全然様子が違っていて。最近は母親の私の言うことは全て無視するようになってしまいましたし。どうしても、納得ができないのです」
夫人は涙をハンカチで抑えながら語っている。
「それで、どうしてこの魔法石を鑑定したいと思われたのですか?」
「色々考えてみたのですが、どうしても原因が思いつかなくて。でも、その石は新しい屋敷の花壇に手を入れていた際に、庭師が見つけたものなのです。多分古くこの地に眠っていたのではないかと。あまりにも大きくて美しい魔法石でしたし、エリュテイアは娘の幸福を願う母親ならば贈りたい魔法石ナンバーワンですよね。ですから私、嬉しくなってブローチに仕立ててもらって娘の誕生日に贈ったんです。でも、その後からなのです。娘の様子が激変したのは。ですから、きっとこの石に何か秘密があるのではないかと思いまして」
自分の浅はかさを嘆く夫人。
「私がもっと気をつければ良かったのです。お屋敷の庭に眠っていた魔法石だから大丈夫と思い込んでしまったせいで、娘を危険な目に合わせてしまいました」
確かに……とリリアは心の中で頷く。
一方で、こんな世間を知らなそうな深窓の御婦人では無理も無いかなと思う。
でも、一番の理由はこの石の主が切れ者だからだろうと確信した。
この魔法石は発見された後、ブローチに加工されている。アクセサリー職人も、リリアと同じように鑑定能力を持っているはず。
そんな彼らがこの魔法石の魔力に気づかなかったとしたら……
このエリュテイアの主は、相当綿密に計画を練っているのだろう。
己の野望を叶えるために。
気をつけないと!
リリアは肝に命じた。
「なるほど。良く分かりました。お預かりしてもよろしいですか? 鑑定の結果が出ましたらご連絡させていただきます」
「ああ、良かった」
夫人はほうっと安堵のため息を吐くと、前金を置いて帰って行った。