婚約破棄された社交苦手令嬢は陽キャ辺境伯様に愛される〜鏡の中の公爵令嬢〜
「デニス様……?」
不意に、違和感を覚えて隣にいるデニス様を見る。ついさっきまであんなにうるさく騒いでいたのに、今は闇夜に溶け込んだみたいに静まり返っていて、不自然に感じたのだ。
「どうかなさいましたの?」
呆然としている彼に、もう一度声を掛ける。
「あ……いや……」彼は数拍黙ってから「その、片えくぼは……」
「これ? 令嬢として品がないって、お母様からずっと禁止されていたんだけど、もう我慢しなくてもいいんじゃないかって思ったの。もしかして……覚えてくれていたの?」
「あ、あぁ。昔、王宮で。とても印象的だったから、な……」と、言いながらも彼は視線を泳がせる。
「あの時は、あなたとの会話が本当に楽しくて、夢中で笑っちゃったわ。でも、あの夜以来ずっと封じていたの。だから……わたしたちだけの秘密よ」
急激に顔が熱くなった。二人だけの秘密なんて、ちょっと恥ずかしいことを言ってしまったわ。
「そう、だな……」
そう言って頷いたきり、彼は押し黙った。みるみる気まずい雰囲気が広がって、自分も無言になる。
やっぱり、令嬢がえくぼを見せるのは不味かったかしら?
あの頃はまだ子供だったから彼も許してくれたのかもしれないけど、今はもう辺境伯夫人となる身。立場を弁えないといけないわよね。
「…………」
少しだけ、胸が痛んだ。
デニス様なら、この欠点のえくぼも受け入れてくれると思ったから。
ちょっと……残念かも。
その後は、静かな空気のままわたしたちは別れた。
その日以来、デニス様と顔を合わせることが少なくなった。