婚約破棄された社交苦手令嬢は陽キャ辺境伯様に愛される〜鏡の中の公爵令嬢〜
「公爵令嬢。いくら座りながら出来る作業でも、あまり無理をなさらないでくださいね」
「ありがとう。ここが終わったらまた休むわ」
「えぇ。そうしてくださいな」
わたしの看病というかお世話係は、デニス様の乳母であるマーサがしてくれていた。
彼女は彼の第二の母と言っても過言ではなく、わたしのことも可愛がってくれている。とっても頼りになる方だ。
「ところで……デニス様は……?」
わたしは、おずおずと彼女に訪ねた。途端に彼女の顔が強張る。
「辺境伯様は今日もお仕事がお忙しいみたいで……」と、マーサは困り顔をした。
「そうよね。最近は魔物の出現も増えているみたいだし、忙しいわよね」
「何か伝言があれば、私のほうからお伝えしましょうか?」
「いいの、いいの。大した話はないから。ただ、お元気かな、って……」
「……お坊ちゃまに、もっと公爵令嬢のお見舞いの頻度を上げるようにって、申し伝えておきますね」と言って、彼女は辞去した。
最近は、彼の名前を出すのも躊躇する。理由は分からないけど、なんとなく拒絶されているような気がして。
それを承知しているのか、マーサからも気を遣われている気がするのだ。
「……早く治してこちらから会いに行きましょう」
彼が忙しいのは本当だ。特にここ数日は、強敵な魔物が毎日のように出現して、その対応に追われているようだった。
どうやら魔の瘴気がどんどん濃くなっているらしい。
その原因は不明で、魔物の巣の近くまで調査団を派遣することが決まったそうだ。
きっとデニス様のことだから、先陣を切って危険な場所へと向かおうとしているのだと思う。
私も、妻になる身として、彼を支えることが出来れば良いのだけど……このざまだ。
「――そうだわ! もう少し病状が良くなったら、まだ小屋作りは無理かもしれないけど、デニス様のお母様のレシピを研究しましょう!」
前辺境伯夫人からの手紙には、息子の好きな食べ物のレシピがたくさん載ってあった。まだ全部を再現できていないから、早く覚えなくちゃ。
「デニス様……喜んでくれるかしら?」
彼の笑顔を想像すると、わたしも自然と顔が綻ぶ。思い描く二人の食卓は、幸せに溢れていた。
しかし、わたしの体調は、日に日に悪くなる一方だった。