婚約破棄された社交苦手令嬢は陽キャ辺境伯様に愛される〜鏡の中の公爵令嬢〜
デニス様は、ふと鏡に目を向ける。
「……鏡は、不思議なものだな。真実を映しているようで、映していない。何故ならば、対象を左右反転に映しているからだ」
「…………」
「あちら側から来た魔物と戦っている時、違和感を覚えたことがある。……それは、ドットモンキーの群れが襲来した際に気付いたんだ。奴らはこの世界では、全ての個体が右利きだ。例外はない。だが、水から出てきた群れは皆……左利きだった。あぁ、これは鏡を通じてやって来たから左右は逆になるんだな、って腑に落ちたよ」
デニス様は押し黙る。またもや剣呑な沈黙が支配した。
彼は目を伏せて、なにやら思案しているようだった。わたしは、嫌な予感が頭から離れずに、ただ茫然と鏡を眺めていた。
しばらくして、
「あの日……王宮で見た君の笑顔はとても可愛らしかった。特に、くしゃりと笑う時に出来る片えくぼが愛らしいと思ったんだ」
デニス様はまっすぐにわたしを見た。
その双眸は悲しみの幕に覆われていて、言葉に表せないなんとも言えない気持ちになった。
彼は軽く息を吐いて、
「あの時の君の片えくぼは右、だった。――先日の君の片えくぼは…………左……だな」