婚約破棄された社交苦手令嬢は陽キャ辺境伯様に愛される〜鏡の中の公爵令嬢〜
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そして――ついに最後の夜が来た。
わたしたちは王都にある神殿の女神の間にいた。デニス様の水魔法で、鏡を伝って辺境からやって来たのだ。
人も街も寝静まって、神殿はひっそりとして一層神秘的に思えた。
満月が幾多の鏡を静かに照らすときらりと輝いて、幻想的な淡い照明みたいだった。
あの婚約破棄の日、あんなに意地悪そうに嗤っていた鏡たちは、今は澄まし顔で鎮座していて、思わず苦笑いが漏れる。
「おそらく、この聖なる大鏡が割れたのをきっかけに君はこちらに来たのだろう」
あの無惨にも粉々に割れた鏡は、今はまるで新品みたいにぴかぴかと煌めいていた。
「こっちの世界の鏡は……割れていなかった、ということかしら……?」
「だろうな」
「じゃあ、こちらの世界のわたしは――……」
わたしは、それ以上は口を閉ざした。その先は、考えたくもなかったのだ。
大丈夫、わたしが元の世界に戻ったら、向こうのわたしも元の世界に戻るはずだから……。
少しの静寂のあと、デニス様は聖なる大鏡の前に魔法陣を描き始める。やっとのことで過去の文献の中から見つけ出したらしい。
それは、あちら側から来た魔物を元の場所へ帰す魔法だった。
彼はそれを分解、再構築して、わたしのために新しい魔法を編み出したのだ。
長い呪文が終わると、聖なる大鏡が淡く光りだした。