ワインとチーズとバレエと教授

ブロローグ


シテイホテルのラウンジに二人の医師がいた。

二人ともウイスキーを頼んだが、一口も、口にしていない。

誠一郎は亮二に、理緒との今後を、あくまで冷静に、淡々と語ろうとした。少なくとも、そう心がけようとはしていた。


亮二とは、医学部の同期で、6年間、国立大学で一緒に学んだ仲だ。そしてお互い、無事に医師になってから20年が経つ。

亮二の医師としての実績は耳に入ってきたし、誠一郎も同国立大学の精神科の教授に上りつめた。お互い専門分野は違えど、今でも友人同士だと思ってる。

だからこそ、冷静にならなければー


そう思っていたのだが、それでもラウンジで亮二と再会し、いざ理緒の話をすると、冷静になれない自分がいた。

「なぜ、彼女を追いつめた」

亮二は、誠一郎の質問には答えず、ウイスキーのグラスを右手でゆらゆら揺らし、ただうつむいたまま、無言でいる。


「養父として彼女を引き取ったのなら、彼女が健全な生活を送れるよう、養父としても、医師としても
あなたには責任があるはずだ」

誠一郎は、あえて亮二を「あなた」と呼んだ。それには、亮二への怒りが滲んでいた。そして、もう、親友には二度と戻れないことも意味していた。


なぜ慢性疲労症候群だと知っていながら理緒に伝えなかった?

なぜそのままバレエをやらせた?

なぜ異型狭心症だと知りながら理緒を放置した?

なぜ自分が行った理緒の治療に逆らうかのように理緒を真逆な方向へ導いていたのか?

そもそも、なぜ自分に理緒の紹介状を書くよう、循環器内科に頼んだのか?理緒を治したかったのではないか?

「理緒は、今、俺を愛している。それは、俺も同じだ」

そんな誠一郎の言葉を聞いて亮二は、それを十分理解していた。


実際、理緒は誠一郎の治療で穏やかな状態にまで回復した。医師と患者としての関係も終わり、誠一郎は、一人の女性として理緒を愛していた。


「そろそろ、養父として彼女を解放してやったらどうだ?」

矢継ぎ早に誠一郎は抑えきれない怒りに滲んだ質問を亮二に投げかけた。

「…はぁ」

と、亮二がため息をついた。


まるで

「どうせお前には分からない」

とでも言いたそうな態度だったが、

「オレのエゴだったよ…」

亮二は、誠一郎が聞きたかった答えに、あっさり答えた。

「理緒を頼む」

そう言い残すと亮二は、ラウンジを出て行った。
二人分のウイスキー代を支払ってー




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