ワインとチーズとバレエと教授


そうか…やはり、そうか…。誠一郎は無言でうなずいて、理緒と会えない覚悟を決めた。寂しさを微塵も顔に出さず、誠一郎は、

「…では、外来はこれで」と伝えると、理緒が
「でも、先生と会えなくなるのは寂しいです」そう言った。
「…先生は、元気になった私を見てみたいと仰っいました」
「はい」
「そしたら私の夢も叶うと仰っいしました」
「はい」
「だから、早く回復したくて精神科の治療を急ぎました」
「…え?」
「私は…もう先生の患者じゃありません」
「………」
「……先生の事が、ずっと好きでした」

理緒は、もうここで誠一郎に自分の気持ちを伝えないと、後悔すると思った。

人生で誰かに告白したことなど一度もない。
ましてや、その相手が自分の主治医になるとはー

きっと、誠一郎を困らせるだろう…。自分も断れる覚悟が必要だ。そのときは、そのときで、誠一郎の事情を素早く察して、笑顔で診察室を出るつもりでいた。理緒が少し申し訳なさそうに言った。

誠一郎は、自分だけが、理緒を想っていた訳では無いと、ようやく気づいて内心ホッとした。でも、理緒にそれを言うのは、治療が終わってから、いや、一生、言わないでいようと思っていた。また理緒が精神的に悪くなったら、治療をしなければならない。患者以上の関係だと、治療に差し障りが出る。

診察室で医者を好きになることはよくあるし、その逆もあるー

だが、患者の好きになる相手は診察室の外でなければならない。理緒はそれを理解していたから、早く治さないと、好きとさえ言えないと分かっていたようだ。

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