ワインとチーズとバレエと教授
誠一郎は、理緒に伝えたいことがあった。
今なら静かに伝えれそうだ。
「…あなた、これからは、いつでもここに居て良いですよ」
「…え?」
「お泊りセットや紅茶を持ってくるのも大変でしょう…」
誠一郎は、理緒を見ず、紅茶を飲みながら、サラッと伝えた。同棲という言葉は、あえて使わなかった。
「…嬉しいですが、きゅうに、どうして…?」
理緒は戸惑っている。
自分がここに居てもいいのか?
その提案の意味はー?
「……あなたが側にいてくれると、私は幸せです。
あと、私が側に居たら食事の管理が出来ます。
栄養失調も回避できます。私が居たら、嫌でもあなたは食べるでしょ?」
誠一郎は理緒の部屋に行ったときの、
ベッドの隣に置かれていた大量の水のペットボトルや薬や、おにぎりを思い出した。
もう、理緒は、立つのもつらいのだろうと感じた。
慢性疲労症候群はリカバリーが重要だ。
一日の運動量を体力が上回ってはいけない。
運動は、料理や、立つこと、散歩も含まれる。
音や光も慢性疲労症候群の患者はストレスになる。
本人が良かれと思って日光浴をしても、翌日は動けなくなる事もある。
悪化すればうつ状態が併発する。
ふさぎ込みがちになり、昨日の理緒のようになるのが典型的だ。
そのため、抗不安薬など一緒に服用する事もよくある。
今まで出来ていたことが出来なくなるのだから、
気も滅入るし身体もダルいし、微熱も毎日続く。
だいたいは、頭痛も起きる。
そんな理緒が今楽しめるのはベッドでユーチューブやネットフリックスを見て過ごすことと、誠一郎との時間だろうと思った。
「…考えて頂けませんか?」
「……え?…私が、ここに居ること、ですか…?」
「えぇ、あなたが嫌でなければ…」
嫌な訳では無い。ただ、理緒が心配なのは
誠一郎に迷惑をかけることだった。
「…私は誠一郎さんに何もできません…ご迷惑になるかと…」
「何もしなくていいです。ベッドにいて、私の帰りを待っていて、一緒に食事をしましょう。あなたは、時々、私に紅茶を入れてくれれば良いです」
「そんな…」
理緒は、それはとても贅沢で、申し訳ないと思った。
「あなたは、何も心配しなくていいです。
家事をして欲しいとか、料理を作って欲しいとか、そんなことは望んでいません。ただ、あなたを側に置いておきたい、それが私の気持ちです…」
側に置いておきたい…その言葉は、理緒にこの上ない喜びをもたらした。
誠一郎は、結婚を考えているのか?
理緒はそんなふうに思った。
「……嬉しいです…お邪魔にならないように、居させて頂こうと思います…」
理緒の顔が赤く染まった。
分かりやすい人だー
誠一郎は、そんな理緒を見て微笑んだ。