ワインとチーズとバレエと教授
【交差する三人】誠一郎の異変
今日は晴れ晴れした気持ちだった。亮二とは一時、どうなるかと思ったが丸く収まった。
自分の気持ちを理緒にも伝えることができたし、理緒との交際も順調そうだ。外来もやる気で溢れていた。
「佐藤さん」
誠一郎が、次の患者を呼ぶと、その男性はダルそうな足取りで診察室に入ってきた。
「あれから2週間、どうですか?」
と誠一郎はいつもの流れで聞くと佐藤さんは、
「先生、これでも一生懸命、アルコールをやめようとしましたよ!」
佐藤さんはアルコール依存症だった。職場の飲み会で暴れ、警察沙汰にもなり、家では奥様に暴力を振るい、そこでも警察沙汰になっている。
また飲酒運転の経歴も゙あり、警察からも何度も指導されている。
「昨日は、部長の誘いで飲みに誘われたんですよ!行かないわけにはいかないじゃないですか!」
「佐藤さん、2週間前、アルコール依存症の検査をされましたよね?」
「…はい」
「ご自身がアルコール依存症であることは、ご自覚なさってますか?奥様も大変、心配していますよ」
「それがですね、先生、昨日はどうしても、部長のグチが長くて…帰宅してから、その…」
「お家に帰えられてからも飲まれたのですか?」
「まぁ…はい…それで、飲んでいる最中、妻が酒を取り上げたもんで、ついカッとなって、妻の腕を振り払って、それでケンカになってしまって…」
そこで 誠一郎はなんとなく違和感を感じた。何とも言えない不快な違和感だった。佐藤さんにではない。自分自身にだ。
「…奥様はなんと?」
「酒をやめろって泣きながら訴えられましたよ。だけど、ちょっと飲んだだけですよ先生!こっちだって2週間断酒してみましたよ!けっこう、頑張りましたよ!だけど部長の誘いは断れない!しようがないじゃないですか!それに私がアル中って言うんだったら、世の中みんなアル中ですよ!」
これはアルコール依存症の患者さんがよく言うセリフだ。
「佐藤さん、2週間断酒され、本当に頑張りましたね。でも、その反動で飲んでしまったら、断酒の意味がなくなります。奥様も悲しまれていますし、会社で誘われても飲みには行かないと、2週間前、私と約束しましたよね?」
佐藤が押し黙った。
「アルコール依存症を止めるお薬があります。飲んでみませんか?ジスルフィラムとシアナミドというお薬で、お酒を飲みたくなったとき服用していただきます。そうすると、薬の影響で、お酒を飲むと具合が悪くなり、お酒への意欲を軽減させていく効果がある薬です。もしそれでも、どうしてもお酒を断つことができないなら入院も考えなければなりません」
佐藤は観念したかのように薬の処方を受け取った。
「今度、妻が酒を奪おうとしたら、手を振り払わないようにします…」
「……っ……」
そのとき、誠一郎は思わず、胸を抑えた。