ワインとチーズとバレエと教授
5年前の2017年5月
理緒との生活が始まった。
最初はどうなるかと思ったが
その後は、理緒は、毎朝、きちんと
起きるようになり、出勤する亮二に
「行ってらっしゃい」
と、玄関で見送るようになった。
ただ、やはり、普通の生活とは程遠かった。
まず、理緒の伸び切った髪をどうするか
看護師に聞き、その紹介の美容室に理緒を連れて行き、髪を整えてもらうところから始まった。
美容室でも緊張しているのか、理緒は固まったまま、雑誌を読むわけでも、スマホをいじるわけでもなく無言だった。
「お疲れ様でした、
いかがでしょうか?」
そこには、見違えるほど
キレイになった理緒がいた。
前髪は、眉毛の少し下まで切ってもらい、ようやく、髪が顔にかからなくなった。
後ろはキレイに切りそろえられた。
本来の理緒の髪はサラサラしたストレートの美しい黒髪だった。
「ここまで美しい
黒髪のストレートは
めったにいません
濡鴉(ぬれがらす)ですね」
「ぬれがらす…?」
亮二が聞き返すと若い男性スタイリストは告げた。
「はい、濡れたカラスの羽の色のように美しく、
紫のように輝きそうな黒髪を濡鴉と呼びます」
へぇ…
「もし、メイクをされるなら、肌も真っ白ですし、
茶色系ではなく一般的に、ブルー、ブラックが似合います」
「そうなのですか…」
亮二は、メイクや髪に疎かったが、きっと、スタイリストが理緒が全くメイクをしてないことに気がついて助言してくれたのだろう。
「素敵なお嬢さんですね」
「お嬢さん?」
亮二は、おどろいたが、「そうか、父親と見られているのか…父親だもんな…」と心の中でつぶやいた。
養女として引き取ったなら父親か…
まだ自分の立場に追いつかず、あたふたする亮二がいたが、理緒は相変わらず無言で固まっていた。
亮二は、会計を済ませて、理緒の服や下着やメイク用品をショッピングモールで買うことにした。
下着はさすがに付き合えない…
亮二は、理緒に10万円を渡した。
それは、わざとだった。
「これで好きな服や靴や下着、メイク用品とか、買っておいで、オレはここで待っているから」
10万を手渡されてぎょっとしている理緒がいた。
「…こんなに、い…いりません…」
「買い物の練習も兼ねてだよ、理緒ちゃんは、あまり買い物をしたことがないだろう?
それに、これからは今までの生活とは違う。
医者の奥さん方とも社宅の玄関で会うだろうし、
付き合いも増えていくと思う、
そのときのために必要な服や靴だよ。
メイク用品だって必要だろ?
10万では足りないと思うけど
また必要なとき買おう。
10万、全部使い切って必要なものを買ってきてほしい。
オレには、理緒ちゃんの好みが
分からないし、下着まで付き合えない」
亮二は笑ってみせたが
理緒はまた、固まってしまった。
亮二は、理緒が10万円を絶対
遣え切れないと分かっていた。
だが、どこまで理緒がお金を遣えるか試してみた。
「さぁ、行っといで、
オレはマックでコーヒーでも
飲んで待ってるから」
巨大ショッピングモールには
マックやスタバが入っていた。
ここでは、ほとんどのモノがそろうはずだ。
理緒がおずおずと、何度も振り返りなが
不安そうに、服屋に向かっていった。
さて、いくら使えるかな…
亮二は、クスッと笑った。