ワインとチーズとバレエと教授


玄関を見ると明かりがついている。
理緒に、どんな顔して会おう…
最近は情けないところばかりだ…
玄関のドアをガチャッと開けると理緒が

「おかえりなさい」

と目を潤ませて誠一郎を待っていた。
誠一郎は「ただいま」と言って、理緒を抱きしめた。

「心配ばかりかけてすみません、もう大丈夫ですから…」

理緒は、うん、うん、とうなずいた。

その目にはいっぱい涙が溜まっている。

「あなたはずっと気づいていたのですか?」

「全てではありませんが…」

「 いつから?」

「誠一郎さんの外来のとき…誠一郎さんがいつも
左手を引っ掻いてました…あとは、カンでした…」

カン…

「私と誠一郎さんは似てると私は言いました…」

誠一郎はハッとした。もうあのとき、理緒は何かを感じていたのか…。

母親を振り払った左手、振り払われた自分の左手。
自分もそんなトラウマを持っていたのか…

「母親のことは知ってましたか?」

「こないだ、亮二さんから…」

「そうでしたか…」

誠一郎は靴を脱ぎ、静かにリビングに上がった。

テーブルには誠一郎が食べれそうな、雑炊や野菜が置いてある。
誠一郎は、もう一度、理緒をきつく抱きしめた。

「あなたに心配ばかりかけてすみません…」

「そんなことないです…」

誠一郎は理緒の前では本当の自分でいられるように思った。

そして、力が抜けたように、誠一郎は理緒と一緒に
床に崩れた。

誠一郎の中から忘れかけていた何かが溢れ出した。
それは涙となった。

「私が母さんを殺してしまったんだ…」

「誠一郎さん、それは違います」

「あの時、留守番電話にちゃんと出ていれば……私は母に、愛されたことが、なくて…」

誠一郎は子供のように、ポロポロ涙をこぼした。

手には3つのアメ玉が握られていた。

理緒はずっと誠一郎の背中をさすった。

その日、誠一郎は何も食べないまま眠った。
ずっと、理緒の手をにぎりしめながら。
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