ワインとチーズとバレエと教授
理緒はまだ、自分のマンションを完全に引き払った
わけではなかったが、ほとんどの時間をこの部屋で過ごしてくれている。

本当は自分が理緒を支えなければならなかったのに、学会までの3ヶ月は、ほとんど 支えてもらって
ばかりだった。

誠一郎は、部屋で泣き崩れたあと、子供のように熱を出し再び 1週間ほど病院を休んだ。

その後、亮二のおかげもあり急激に復活し、医局員を驚かせた。

そして改めて医局員に謝罪し、みんなの団結もさらに強固なものとなった。

誠一郎の高潔さは医局のからも、大学からも患者からも評判となった。

今まで解離性健忘になった自分に、気を遣って誰も何も言えなかったのは、若年性アルツハイマーになった父親の状況と同じだと痛感した。

父親のようにはならないと決めていたのに、父親と同じ状況を招いた。

そして、理緒がずっと誠一郎の手を握りしめ看病してくれたことも、思い出していた。

高熱が出たとき、誠一郎の手を握り、ずっと髪を撫でてくれた。まるで母親のようにー

「誠一郎さん?」

「え?」

誠一郎は現実に戻った。

「どうかしました?」

「あ、いえ…あなたがずっと看病してくれたことを思い出していました」

そう言いながら、しんなりした白菜を溶き卵につけて口に運んだ。

「誠一郎さんはいつも私の髪を撫でてくれます」

「私も、あなたに髪を撫でられると、なぜか安心します」

「知ってます」

「そうでしたか…」

誠一郎は笑った。

「これからゆっくりできそうです。温泉にでも行きませんか?」

「温泉…?」

突然の誘いに、理緒は驚いた。

そして

「…嬉しいです」

と顔を赤らめた。
やっぱりこの子は分かりやすい。

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