ワインとチーズとバレエと教授

誠一郎は、一呼吸置いてから、
「あなたとの初診の診察は、私にとって大きなミスでした。あなたから、あれ以上聞き取ることができないと思い、次回に回しましたが…実は私がそれ以上聞くと自分の何かが壊れそうだったから、やめたのです。
あなたに寄り添えなかったのも、私が冷静になれなくなりそうだったからです。あはたにはずいぶん冷たい対応になってしまい、本当に、申し訳ない事をしたと思っています。
しかし、あなたは私の失った記憶を取り戻させました。そして私の止まった心と記憶をあなたは溶かして行きました…

これからの私の人生で、あなたが必要です。どうか、いつまでも私のそばにいてください。そして支えてください。結婚してください。皆さんの前じゃないと言えなさそうで…」

誠一郎は震えた声で言った。
講堂はしーんと、静まり返った。

理緒が「はい、私でよろしければ、先生を生涯を、お支えさせて頂きたいと思います」そう、頭を下げた。後ろに立っていた医局員一同から
「先生おめでとうございます!」
と声が上がった。
誠一郎は理緒に席に戻るように促した。

「学生の皆さん、好きになった人にはダメもとでも
告白した方がいいですよ」

と誠一郎が言うと学生は、どっと笑った。
しばらく講堂は、笑いと拍手が続いた。

そして「おめでとうございます」と生徒たちからも
誠一郎に賛辞が送られた
それが少し収まると、誠一郎は

「今まで私を支えてくれた医局員の皆さん、私の講義を聞いてくださった生徒の皆さん、ありがとうございます。
あなた方は、これから医師となり患者を救っていかなければなりません。その責務に耐えられなくなった時、私の失敗を思い出し、そして、私の言葉が少しでも苦しんだとき、あなた方の道標となり、記憶の片隅に、私の言葉が最後の慰めと、何らかの救いになれば幸いです。ご静聴、ありがとうございました」

誠一郎は最後まで頭を下げた。

学生も後ろにいた局員も総立ちで拍手を送った。理緒も誠一郎に拍手を送った。

そして医局員からは大きな花束が誠一郎に手渡された。テレビ局のカメラが一斉に誠一郎を写した。
そして理緒が講堂を出ようとすると

「この度はご結婚おめでとうございます!」

「藤崎先生とは、どのようなご関係でしょうか?」

「藤崎先生との交際はいつからでしょうか?一言お願いします」

と記者の質問に、理緒は静かに頭を下げ、笑顔で通り過ぎた。これが一番、無駄な対応だろうと理緒は思った。

< 299 / 302 >

この作品をシェア

pagetop