ワインとチーズとバレエと教授
理緒の亮二に持たせる
弁当に、あきらかな
違いが出るのに
そう時間はかからなかった。
ある日、理緒は
「どうぞ」
と、漆塗りの重箱を
亮二に手渡した。
「お弁当です…」
「なんか、豪華そうだな」
「美味しかったら
また作ります…」
理緒がもじもじして言った。
「ありがとう」
亮二は玄関に向かい
行ってきますと笑顔で伝えた。
外来が終わり、
理緒の作ったお弁当の
重箱を見つめた。
「いったい何が入っているなかなぁ」
亮二が重箱のフタをあけると
ギョッとした…
「コレ、京懐石弁当ですか?」
同じ外科の医者が
弁当箱…いや、重箱を覗き込む。
中には、薄く切られた
サーロインステーキに
だし巻き卵、
ナスの中身を切り抜いて
その中に、エビや野菜の
あんかけが入っており、
ナスの上の部分をフタにして
器にしたようだ。
カボスも中身がくり抜かれ
中に刺し身が入りっており、
カボスの上半分は
これもフタのようになっている。
次に、野菜の煮付けの上に
ヤサインゲンが
半分に切り裂さかれ、飾りとして
上にちょこんと乗っている。
白身魚は、京西漬けだ。
デザートは、メロン。
これも、包丁で
皮の部分を一部切り取り
くるりと巻かれている。
ご飯はシジミの
炊き込みご飯になっており
横には、きゅうりや白菜の
漬物が添えてあった。
本格的な京弁当箱ー
「…すごいですな…」
院長も覗き込んできた。
「娘さんが作ったんですか?」
事務の女性まで見に来た。
「お嬢さんはシェフを
目指しているんですか?」
隣にいた、眼科医まで見に来た。
一番、驚いたのは亮二だ。
いつの間に懐石料理なんて覚えたんだ…
「あ、津川先生、どうされ…」
重箱を持って立ち上がった亮二に
院長は声をかけたが、亮二はそれにも
振り向かず、お重を持って
一階にかけ降りた。
そして、外科外来に行き
「見てくれよ!これ!」
と、外来看護師を呼んだ。
「まぁ…」
「すごい…」
看護師も目を丸くした。
「理緒ちゃんが作ったの?」
「そうだよ!すごいだろ!」
亮二は興奮して重箱を
看護師に見せびらかした。
「本当にすごいですね…
料理学校に通わせるべきです」
看護部長までやってきた。
「なぁ、味見してみないか?」
亮二は看護師に言った。
「悪いですよ、先生」
一人の看護師が
遠慮がちに言ったが
亮二は、女性に食べてもらい、
率直な感想を聞きたかった。
皆で、割り箸を用意し
5人の看護師に
少しずつ味見をしてもらった。
「カボスの味が
お刺し身に効いてますね」
「ナスをくり抜いて器にするなんて
お店がすることですよ、
でも、あんかけ、美味しいわ」
「漬物も手作りじゃない?
ゆずの香りがしますよ?」
「ステーキのタレも手作りですね」
「だし巻きたまご、最高ですね
形も料理人みたいにキレイ…」
「だろ!?」
亮二はまだ一口も食べたないのに
確信してそう言った。
そして、亮二も一口食べてみた。
「すごい…」
理緒は本当にシェフだ…
「先生、理緒ちゃんには
料理の才能がありそうですよ!
普通、ここまで作れません」
「やっぱり、料理学校など
いかせるべきだわ!」
と、看護師が言うと
「いや、理緒に
その気はないらしい…」
「え?ここまで作るのにですか?」
「オレもシェフになりたいのかと思ったさ。
でも、本人に確認したら
あくまで、趣味の一環というか…
オレに喜ばれたらそれでいい、
みたいに言ってた」
「えーもったいない!
津川先生に喜んでもらうだけで
いいだなんて!」
「おい、失礼だな」
その日の外科外来は
笑いに包まれた。
そして、亮二は理緒を
誇らしく思った。